31 はるか遠くの東京タワー 【31-3】

【31-3】

「失礼します」


中にいた男性が、水島と有紗の登場に、すぐに立ち上がった。

名刺入れを取り出すと、すぐに挨拶をしてくれる。


「すみません、『アモーラ』の佐々木と申します。
本来なら、緑川と一緒に来る予定でしたが、ご存知の通りで」

「はい。話を聞いておりますので」


有紗は名刺を受け取ると、ありがとうございますと頭を下げる。

灰田は有紗の顔をチラリと見た後、佐々木にあらためて座るようにと指示を出した。

佐々木はすぐに座る。


「以前はですね、秘書課という部署がありまして、
彼女には本当によく仕事をしてもらいました。ただ、経営者の無駄遣いから、
会社が窮地に立ったこともあり、色々と世の中の状況なども鑑みて、
思い切って秘書課を無くしてしまったものですから」


灰田は、それでも、有紗の縁でまた新しい会社と仕事が出来ると、

そう褒め始める。


「なんだか、秘書課にいた女性たちはみな、慣れない仕事が難しいと、
新しい場所を求めていると聞いたが、山吹君、君もそうなのかな」


灰田は、秘書課にいた人たちがほとんど退社を決めているという話を、

そう遠まわしに有紗へぶつけてきた。有紗はどう答えるべきなのか迷い黙ってしまう。


「『アモーラ』はどうですか。女性の活躍はありますか」

「あ、はい。女性のためというコンセプトで、色々と商品を作っていますので、
他の会社に比べたら、女性の割合は多いと思います」


佐々木は、灰田と有紗の事情を知らないため、当たり前の会話だと思いそう語った。

水島は、灰田の発言にも、佐々木の発言にも何も言葉を挟まない。

有紗は佐々木と灰田の会話が、具体的な商品に展開し始めたので、

それでは失礼しますと頭を下げる。

ありがとうございましたと礼をしてくれた佐々木と違い、

灰田は視線すら向けてこない。有紗は、『今更何も期待していない』と背を向け、

広報室を出た。



今、過ごしていたのは、なんてことのない朝の時間。

そう思えばいいはずなのだが、分数が重なっていくほど、

有紗の中には、灰田に対する怒りが湧き上がってきた。

自分が大変なときには、あれだけ有紗を必要としているような態度を見せていたのに、

地位が決まったとたん、急に手の平を返したように冷たくなった。

しかも、水島や栗田の話を信用すると、灰田はまだ自分を利用するかもしれない。

有紗は、灰田の態度を見るまでは、まだ退職の方へ気持ちが傾いていたが、

あのふてぶてしさと、自分には絶対に勝てないだろうという眼差しに、

その考えを変えていく。

『広報室』の小さな看板を睨み、このまま泣き寝入りはしないと心に誓った。





「大丈夫? 辛くない?」

「大丈夫」


文乃と司は空港に到着し、それからさらに車へ乗った。

空港近くは整備された道路だったが、

それでも、日本のように綺麗な舗装とはいえない箇所もたくさんある。

関係者が病院に着くと、情報を先に得ていた日本のマスコミも数人立っていた。


「あの……関係者の方ですか」

「申し訳ないけれど、ちょっと急ぎますので」


同じくマスコミになる出版社の社員が、今の状況をマスコミに説明し、

後ほど自分が報告をしますと、電話番号の書いてある紙をすぐに配った。

家族は病院の関係者に導かれ、病室へ向かう。

怪我をした人などが、廊下にもあふれている状態だったが、

司は文乃の手を握り、一緒に大輔の部屋を目指した。

病院関係者は、『平居直弘』、『白井大輔』と名前を告げた後、

一番奥のベッドを指差した。司は、文乃と一緒に中に入る。

二人の姿に先に気付いたのは志穂で、すぐに立ち上がると頭を下げた。

司も、飲み会に顔を出した志穂のことは覚えていたので、すぐに返礼する。


「どなた?」

「大輔が一緒に仕事をしている人。この間の帰国のとき、飲み会に来てくれたんだ」

「藍田志穂と申します」


志穂の挨拶に、文乃はすぐ、大輔の姉ですと頭を下げた。

それぞれの声が聞こえ、大輔は自由になる右手を上げる。


「大輔……」


文乃は擦り傷の残った大輔の顔を見ながら、数歩近付いた。

大輔は、足の悪い姉を心配し、遠くまで悪かったと口にする。


「司君が着いてきてくれたから、大丈夫」


文乃がそういうと、大輔も何度か頷く。

文乃の後ろから、司も大輔の顔をのぞきこむ。


「悪かったな、迷惑かけて」

「本当だと言いたいところだけれど、お前と連絡が取れないって聞いてから、
もう、俺も祥太郎もどうしていたらいいのか、本当にわからなくてさ」

「うん」

「祥太郎は、黄原さんと会うことにしていた日だったから、
向こうにも話すことになって、そこから2人も知ったから、
みんなであたふたしていた」


司の言葉に、大輔は陽菜にも心配をかけたのだとわかる。


「そっか……うん……。それはみんなに悪かったな。日本に戻ったら、
全員に謝らないと」

「あぁ……お前が主催で飲み会でも開け」


司は、怪我の様子はどうなんだと、大輔に聞いた。

大輔は動かせる右手で、左肩に軽く触れる。


「一番ひどいのは左腕なんだ。崩れてきた柱の下になってしまって、
肩から腕にかけて亀裂骨折がある。でも、少しずれていたら、首だったと思うと、
贅沢は言えないよな」


大輔は、時間がくれば治るのだからと、笑ってみせる。


「笑えるのなら、大丈夫だ」


司も安心したのか、自然と笑みがこぼれていく。

志穂は、大輔の表情が、自分に見せていたものよりも明らかに落ち着いていて、

嬉しそうに見えるのを感じ取る。


「あの、白井さんのご家族の方は、いらっしゃいますか」

「はい」


文乃は、ベッドの横から声の方に動く。

そこに立っていたのは、出版社の関係者で、

病院の説明があるので来て欲しいと告げられる。


「行ってくる」

「一緒に行こうか」

「ううん……司君はここにいて。大輔も話しがしたいでしょうし」

「わかった」


文乃は平居の妻と一緒に、説明を聞くため病室を出た。



【31-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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