31 はるか遠くの東京タワー 【31-4】

【31-4】

騒がしかった病室は、少しだけ静かになる。

司は、文乃の座っていた椅子に座った。


「司……」

「どうした。どこか痛いのか」

「いや、そうじゃない」


大輔は文乃が出て行ったのかと、確認する。

司は一度後ろを振り返り、小さく頷いた。


「そうか……それなら話すよ」

「うん」

「姉ちゃんには心配するから言わないけれど、
実際、助けてもらえるまで半日以上かかったんだ。
土砂崩れが起きて、そのあと夜になったから、救助なんて出来なくて。
まぁ、日本と違うからね、色々な事情が。だから、痛さと寒さとで、
正直、意識がフラッとなりそうなこともあって」


大輔の告白に、司はそうだったのかと聞く。

大輔は、動かせる範囲で、首を縦にした。


「リーダーの平居さんは、さすがにすごいよ。厳しい場所に慣れている人だから、
なんとなくわかったんだろうな。『大輔』って何度か叫んでくれて」

「うん」

「『はい』って返事をしたり、自由になる右手で、そばにある板を持って叩いてみたり、
あれをしろ、これをしろって、色々させられた。
きっと、そうしていないとダメだと思ったんだろ」


志穂は、大輔のベッドの隅に立ったまま、その告白を聞き続ける。


「それでも数時間すると、体が固くなってくる気がして。意識ももやっとしてきて。
このまま朝が来るのを待てるのだろうかと、考えたりもした。
でもな、それがさおかしいんだよ。ここミャンマーだろ、山の中だし田舎だし。
それなのに、俺には見えたんだよね」

「見えた?」

「あぁ……。なんだろう、瓦礫と押し寄せた土砂と、どこから来たのかわからない石の、
こう……奇跡的に出来たような隙間、そこにさ」

「うん」

「……東京タワーが」


大輔は、右手の親指と人差し指を重ねるようにした後、小さな隙間を作った。

それくらいの場所に、なぜか『東京タワー』が見えたと話す。


「東京タワー? お前、それおかしいだろ」

「だから言っただろ。ミャンマーだから、ありえないんだ。でも俺には見えた」


大輔は、思い出すように目を閉じた後、『ふっ』と笑ってみせる。


「こっちに来る前、夏休みにさ、『新町幼稚園』のイベントがあったんだ。
『お泊り保育』って言うのかな。年長が幼稚園に泊まるイベント。
その日の夜、子供たちの寝顔を撮り終えて、なんとなく夜景が見えるかなと思って、
幼稚園の屋上に向かう階段を登ったら、そこに赤尾さんがいた」


司は、『東京タワー』というキーワードが陽菜に続くことがわかり、

『それで』と大輔に聞く。


「そこにはさ、彼女の癒しの窓があったんだ」

「癒し?」

「うん。縦長のあまり大きくない窓だけれど、そこから外を見ると、
見えるんだよね、『東京タワー』」


志穂は、平居と大輔の真ん中にある椅子に座り、その語りを聞く。


「マンション、それに一軒家、もちろん木もあるし道路もある。
そんな窓からの景色に、奇跡的に隙間があって、
そう……見えるんだよ『東京タワー』。その景色がなぜかミャンマーで見えた」


大輔は、本当は空の星だったかもしれないし、

何か光るものがあったのかもしれないがと笑ってみせる。


「あの光景が、ぼやっとした意識の中で、重なったんだろうな」


大輔は、そういうと、しばらく自分の指を見つめ続ける。


「その時思ったんだ。俺は、帰らないといけないって。
朝が来れば助けてもらえるはずだから、ここはしっかりしないとって。
こんなところで沈んでしまったら、それこそ……」


大輔の目は、横にいる司を見る。


「お前と姉ちゃんのことも、祥太郎の店のことも、祝ってやれないし……」


司は、大輔の話を聞きながら、最後のセリフだけは自分や祥太郎のことを話したが、

話の中心部分はそこではなく、辛い状況の中で思い描いたものが、

陽菜との思い出の1ページだということに、意味がある気がしてくる。

まだ、大輔の気持ちの中に、陽菜への思いが残っているのだとそう考えた。



追い込まれた状況の中で見た、救いの景色。

それこそ『心の核』ではないかと思い、頷いていく。



「当たり前だ、お前がいなければ何も始まらない……」


司は、自分も祥太郎も、大輔にはお祝いをたくさんもらうつもりだと、言う。


「まぁ、とにかくゆっくり休め」

「うん」


大輔はそうするよと言い目を閉じたため、司はベッドのそばを離れようとする。


「緑川さん」

「はい」

「少し、いいですか」


志穂にそう言われ、司は頷くと病室を出た。



【31-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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