33 善と悪のタイミング 【33-4】

【33-4】

『リファーレ』では、有紗が仕事をしながらも、

先日『フォトラリー』で栗田と宮石に言われた話を、思い返していた。

指定された日のメールを、自ら読み直して見ると、そこに残っていたのは、

いつものようにホテルで会う時間を決め、連絡をしてきた灰田のメールだった。

しかし、他と違っているのは、

『その前に立ち寄る場所がある』という文章が入っていたことで、

受け取った有紗にしてみたら、何も意味などないものに思えたが、

栗田や宮石には、それがまた灰田を追い込む証拠になると説明を受けた。


抱きしめあう前に『シャワーを浴びること』は、互いへのマナーだと思っていた。

灰田が先の時もあれば、先に入りなさいと言われることもあった。

自分自身は、灰田に認められ、一人の女としてこの時間を得ているのだと満足し、

抱きしめられる瞬間を待つ思いを、膨らませていたのに、

灰田には全て計算された時間であり、言葉であり、そして行為だったのかと思うと、

悲しさと空しさが全ての感情を奪うのではないかというくらい、辛かった。

現在、会社を仕切る上層部たちも、灰田に闇の付き合いがあったことは気付いているが、

だからといって、『クーデター』に力を注いだ実力者を、放り出すことなど出来ず、

その『落としどころ』を互いに模索している。

『男女の気持ちのもつれ』という、切り札を準備し、送り出した灰田の行動に、

今更、自分の醜態をさらけ出してまで、潔白を主張する必要性があるのだろうかと、

有紗は考え始める。

出来ることならば、誠意のかけらもない男を、

地位から引きずりおろしたいと思うこともあるが、

そんな力がないことも自分自身わかっているし、心のどこか片隅で、

まだ、振り切れない思いがあることも、事実だった。


「お先に、失礼します」


有紗は退社時間になったので、仕事を片付けるとそのまま総務部を出る。

社員たちで賑わうエレベーターホールに向かうことなく、

会社の端にある階段を、一人下った。





「出来たよ、親子丼」

「ほぉ……今日は『親子丼』なんだな」


その日、仕事を終えた司も大輔のアパートに合流し、

3人は一緒に、夕食を取ることとなった。

祥太郎はそれぞれの前に、丼を置いていく。


「親子丼なのに、あれこれ並ぶな、皿が」


司は、テーブルの上にあるいくつかのおかずを見ながらそう言った。


「今日はさ、大輔が店に寄ったから、お袋からの差し入れもある」

「おぉ……そうなんだ」


司は祥太郎から味噌汁を受け取ると、それぞれの前に置く。

大輔が日本に戻ってから、初めて3人で会う日だった。


「本当は、司が来なければ『丼』だけにするつもりだった」


祥太郎は、大輔が昼間に余計なことを言ったと、文句を言い始める。


「余計なこと?」

「そう……俺が司と違って、惚れっぽいからとかなんとか」


祥太郎は、真帆が反応に困っていたと大輔に向かって話す。


「どうして俺が出て来るんだよ」

「司の話しは、文乃さんが出てきたからだよ。
真帆が、どうして赤尾さんが大輔のお姉さんから、
ポーチを受け取っていたのかわからなくて……で、まぁ、もういいよ」


祥太郎は、真帆とはまだ、付き合い始めて日が浅いのだから、

誤解を生むようなことは辞めて欲しいと大輔に訴える。


「はいはい」


大輔は、これ以上祥太郎の気分を損ねると、明日からご飯を作ってもらえないからと、

とりあえず反省したと頭を下げる。


「とりあえずって……」

「あ……思い出した。大学1年の時、なんだっけ。近所の……えっと……」

「ふとん店の娘」

「そうそう、そうだった。高校2年の時、初めて付き合った相手だとかなんだとか」


司は、祥太郎の定期入れの中に、二人で撮ったプリクラを見つけて、

それをノートに貼り付けておいたら、怒られた話をし始める。


「いや、ノートじゃないよ。
司は、経済学の『おにばやし』に提出する祥太郎のレポート用紙に、
貼り付けたんだって」

「ん? そうだったか?」

「あぁ、もう、いいよ、思い出さなくて」


祥太郎はせっかく作ったのだから、食べてくれと二人の話を止めようとする。


「ふとんやの娘さんの方が積極的だったんだよな。大学を卒業したら、
どこかに就職してくれと言われて、ああだ、こうだと」

「そう。店を継ぐことを思い続けてきた祥太郎が、唯一、グラッとしていた頃」

「あはは……そうそう」


司は、祥太郎は『女の涙に弱い』と指をさす。


「もう10年も前の話しだって。朋恵も結婚したんだからさ」

「おぉ、そうそう、朋恵ちゃんだ」


司と大輔は、互いに顔を見合わせる。


「そうか、結婚したか。それはそれは……」

「もう10年も前なのか……早いなぁ」


司と大輔の昔話の盛り上がりに、祥太郎はもくもくと食事をし続ける。

一人だけほとんど終わるという時に、『あのさ』と話を切り出した。


「年明けから、家が完成するまで、俺、その『桜場ふとん店』でバイトするから。
だから、そういう余計なことは言わないでくれよ。変な誤解を生むから」


祥太郎は、真帆にもそこでバイトをする話しはしてあるからと二人に釘を刺す。


「何、お前、その店で?」

「うん。短い期間だからさ、シフトにどっしり入り込むわけにはいかないだろ。
でも、何もしないでただ待っているのも疲れる気がして。で、町内会の集まりで、
タカちゃん……つまり朋恵の兄貴に会ってそう言ったら、だったらうちでって言われて」


祥太郎は、もう一度司と大輔の顔を見る。


「……ということだから」


大輔と司は、揃って『そうだな』と頷いた。



【33-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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