34 もどかしさとの戦い 【34-1】

34 もどかしさとの戦い
【34-1】

「すみません、もう一度お願いします」

「だから、今日は夕飯いらないってそう言った」

「……どうしてでしょうか」


次の日の朝、祥太郎は、夕飯がいらない理由をハッキリ言わない大輔に対して、

わざとらしくそう聞いた。

大輔は、そういう日もあるからと話を濁そうとする。


「約束があるからとか、ハッキリ言えばいいだろうが」


祥太郎は、誰も止めませんよと笑って見せる。

大輔は、そう考えているのならわざわざ聞くなと答え、

早く店に行けと、祥太郎を急かし始める。

祥太郎は、そんなことをされなくても行きますよと答え、身支度を整えると、

アパートを出て行った。



大輔は、昼間の1時間前くらいに部屋を出る。

座れる場所を探し電車に揺られながら、まずは『LIFE』編集部を目指した。

正面玄関を抜け、エレベーターに乗る。

ここへ来るのは、一時帰国をして以来のことだった。

大輔は編集部の前に立ち、廊下を歩く女性に声をかける。

諸橋の名前を言うと、女性は中に入りすぐに本人を呼んでくれた。


「あ……白井さん」

「諸橋さん、今回は、色々とご迷惑をかけてすみませんでした」

「いえ、怪我の方は」

「はい。まだ完全とは言えませんが、ずいぶん楽になりました」

「そうですか」


大輔は、諸橋の表情がどこか晴れない気がした。

いつも、現地の様子がどうなのか、子供たちはどんな活動をするのかと、

興味深く聞いてくれるのに、今日はそんな素振りさえ見られない。

大輔は、何か嫌な予感がしながら、呼ばれるまま編集部の中に入った。

すると、諸橋と一緒に、編集長の真壁がそばにくる。


「どうぞ」


大輔は、編集部の奥にある、小さなソファーテーブルの場所に案内された。

座るように指示をされ、そのまま腰を下ろす。


「まずは、無事に戻られてほっとしましたよ」

「色々とすみませんでした。予定外のことになってしまって、
みなさんにご迷惑をおかけして」


大輔は、本来なら別の場所で取材をし、写真を撮っているはずだったことを謝った。

諸橋はその言葉に、すぐ真壁を見る。


「いやぁ……確かに驚かされましたよ。まさかの思いでしたから」


真壁はさっそくで申し訳ないがと前置きをし、姿勢を正した。

大輔もしっかりと前を見る。


「白井さん。申し訳ないですが、あなたとの契約は、
今年限りとさせていただきたいのです」


真壁は、『LIFE』の専属契約を、今回の仕事で打ち切りたいとそう申し出た。

諸橋はすぐに大輔の顔を見る。


「あの……」

「いや、あなたのしたことを責めたいというわけではないんですよ。
人として、困っている人がいて、助けて欲しいと言われたら、
手を差し伸べたくなるのは、当たり前ですからね。
ただ……それによってうちが色々な部分で被るというのは……」


『被る』と表現したのは、今回の大輔が起こした行動によって、

『LIFE』編集部は、代理のカメラマンを送り込まなければならなくなったこと、

事故に関してのマスコミ対応、そして家族との連絡など、

本来なら起こらなくてもいいことを背負っているのだと説明した。

大輔は、厳しいようだけれど、当然のことだと思い頷いていく。


「雨が続いたのは、例年の天気を考えても予定外でした。
だから白井さんが予定の日に別の場所に入れなかったとことも仕方がない。
しかし、宿舎としていた場所に、おとなしくいてくれたら、
あの事故に巻き込まれることはなかった。そう思うのは、間違っているでしょうか」


大輔は『いいえ』と首を振る。


「契約外の時間で、契約外のことをしていた時、白井さんが事故に遭った。
私たちは、この出来事を、ただ流すわけにはいかないのです。
非情だとお思いでしょうが、ここは理解し納得をしていただきたい」


フリーとして契約している以上、会社に迷惑をかける行為は、

あってはならないことだった。大輔は『その通りです』と返事をする。


「3年間、いや、これから5年、10年と一緒に仕事がしたかっただけに、
私たちも本当に残念です」


真壁はそういうと、これから別の打ち合わせがありますからと、席を外す。

大輔の前には、今まで何度も打ち合わせをしてくれた諸橋が残る。


「諸橋さん、すみませんでした、ご迷惑をかけて」


諸橋は、真壁の方をちらりと見た後、『いいえ』と首を振る。

基本的に、今回の怪我に関しては、

『LIFE』側が費用などを全て持つことになったという書類を出してくる。

病院にかかった費用、家族が現地に向かった交通費など、

確かに大輔が巻き込まれなければ発生しないお金だった。

大輔は、渡されたペンを持ち、指定された場所にサインをする。

今まで『ミャンマー』で撮りためた写真、そして今までの仕事で撮った写真の全ては、

『LIFE』側の権利を認めるという書類にもサインをする。

出されたお茶には、何も手をつけないままでは悪いので、大輔は一口だけ飲んだ。

湯飲みの中には、なぜか茶柱が立っている。

大輔は、こんな瞬間なのにと思いながら、ペンを諸橋に戻す。

大輔の生活の半分以上を占めていた仕事の話し合いなのに、

実際に編集部にいた時間は、1時間程度だった。

大輔は、一度時計を見た後、『それでは』と立ち上がり、

仕事をしていた編集部員たちに頭を下げた。

過去の仕事で一緒になったことのある編集者は、すぐに立ち上がり挨拶をしてくれる。

諸橋に扉を開けてもらい、大輔は廊下に出た。


「白井さん」

「諸橋さんも頑張ってください。あのドキュメントの完成を俺も期待していますので」


大輔はそういうと、静かに歩き始める。


「白井さん……」


諸橋は編集部の扉を閉めると、大輔の横に立つ。


「俺、本当にすみません。白井さんのこと守れなくて。
あなたの写真が好きで、こうして編集者として仕事を一緒にしていたこと、
すごく誇りに思っていたのに」


諸橋はあらためて大輔に頭を下げる。

大輔は、ほぼ同年代の諸橋の肩を軽くポンと叩く。


「諸橋さんが責任を感じることじゃないですよ。また、いつか仕事しましょう」


大輔は精一杯の明るい表情を作り、『LIFE』の編集部をあとにした。



【34-2】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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