35 古い傷でも痛みは同じ 【35-3】

【35-3】

「あけまして、おめでとうございます」


『新町幼稚園』では、園長の挨拶が行われ、職員室には久しぶりに全ての職員が揃った。

陽菜ももちろん参加し、年中担当の先生たちと、3月までの計画を語る。

年末に副園長とスキー旅行に出かけたという『みき先生』は、

お土産を堂々とテーブルに置き始めた。


「1日目の夜にね、雪が降ってきて、すごくロマンチックだったの」

「へぇ……素敵ね」


取り巻きの数名が話を弾ませている間に、陽菜は教室に向うため、職員室を出る。

誰もいない『りす』組に入り、電気をつけると、もうすぐここに、

元気な園児たちを迎えられるのだという思いが、膨らんでいく。

陽菜はカギだけを持ち、さらに階段を昇った。

屋上にある物置に保管してある椅子や机の数を、あらためて確認しに向かう。

カギが壊されている様子もないので、数字を合わせて開けると、

積み重なっている状態のものを、指で数えた。

物置のカギを閉め、屋上から出ようとしたとき、ふと気になって遠くを見る。

このあたりは、高い建物などはあまりなく、広い園庭があるおかげで、

結構先まで見渡すことが出来た。寒い季節ではあるけれど、陽菜はその開放感に、

大きく息を吸い込んでいく。

『気持ちが落ち着いたら、リベンジをします』と宣言した大輔が、

今頃、どう過ごしているだろうかとそう考えた。

その時、陽菜は以前と少し景色が変わっていることに気付く。

すぐに屋上から外に出ると、いつも見ていた窓の場所に立った。

小さな窓からまっすぐ前を見る。


「あ……」


以前、工事用のブルーシートが覆った場所は、元通りの形に戻り、

また、隙間と隙間の間から、『東京タワー』が見えていた。


「見えた……」


陽菜は戻ってきた景色を、しっかりと目に焼き付ける。

今度また、何かがあって見えなくなっても、決して忘れないように。

陽菜は、屋上のカギをしっかり閉めると、そこから一気に階段を下り、職員室に戻った。



『また、あの東京タワーが見えるように、景色が戻っていました。
今朝、発見して驚いています』



陽菜からのそんなメールを、大輔は怪我の経過を見せるために、

病院に向かう道の途中で受け取った。見えなくなったと聞いていたあの景色が、

戻ってきたことを喜ぶ陽菜のメールは、

まだ仕事を始めてそれほどの時間が経っていない今、送られてきた。

大輔は、その出来事に、自然と笑みを浮かべる。

『諦めてはダメ』というメッセージが、そこにはある気がして、

顔を少し上向きに変えながら、道を進んだ。



「ということで、祥太郎。だいたいこんな感じ」

「OKです。道を覚えていないので、少し手間取るかな」

「まぁ、走っていたら覚えるよ。なんだかんだいって、地元だし」

「そうですよね」


短期バイトの祥太郎も、『桜場ふとん店』に初めて顔を出した。

店では親に代わって店主に就任した先輩の貴之から、

仕事の大まかな内容を教えてもらう。


「そうだ、祥太郎」

「はい」

「実はさ、朋恵が戻ってきているんだ」


貴之は、おそらく離婚して戻るだろうと奥の様子を伺いながらそう話す。


「離婚?」

「あぁ……実は、去年の夏ごろから、もめててね」


貴之は、自分で理想の相手だって家を飛び出したくせにと、そう苦笑いする。

祥太郎は、この商店街を嫌いだと話していた同級生の姿を思い出す。


「まぁ、子供もいないしさ、別れるなら早いほうがいいってこと」


貴之は、それじゃ早速、布団の移動から頼むよと、祥太郎の肩を叩いた。



祥太郎が同級生の今を知った頃、真帆は『原田運送』の事務所に入り、

いつもの仕事を開始していた。年末で荷物が多く動いていたため、

年明けは少し押さえ気味になる。

それでも、数台のトラックが駐車場に入っては出て行くを繰り返しながら、

時間が過ぎていく。


「社長、伝票の整理が終わりました。確認の印をお願いします」


真帆は伝票をテーブルに置くと、時計を見る。

そろそろ昼休みだなと、机の上を整理していたら、外に立っている女性の姿が見えた。


「美帆……」


外に立っていたのは妹の美帆で、真帆はすぐに事務所の扉を開ける。


「どうしたの、美帆」

「どうしたのって、別に。ちょっと仕事の都合でこっちに来たから。
まぁ、お姉ちゃんの仕事ぶりでも、見ようかなと」


真帆は、顔を左右に動かし、トラックの数を指で数える。


「これだけなんだ」


美帆は、たいしたことがないねと、小さな声で余計なことを言う。

真帆は、今の発言を聞いている人がいなかったかと少し首を動かした。


「ねぇ、お昼食べた?」


ここに美帆がいると、また余計なことを言うかもしれないと、

真帆は、ちょうど昼休みなので食事に誘うことにする。


「まだ……ねぇ、お姉ちゃんの自慢の『中華料理』の御曹司のところに行こうよ。
食べてみてあげるから」


真帆は、どこか上から目線で話す妹の言い方に、少しカチンとなりながらも、

『華楽』は年末で営業を一旦終えたのだと説明した。



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それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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