35 古い傷でも痛みは同じ 【35-5】

【35-5】

瞬と連絡を取ることは出来なかったが、有紗は水島の話を聞くために、

『ミラージュ』を訪れた。店の雰囲気は以前と変わらないが、

カウンターの中にいると思った瞬の姿はない。


「いらっしゃいませ」

「あの……待ち合わせなので」

「はい」


ウエイターがそれでは空いている席を案内し、その場を去ろうとしたため、

有紗は『すみません』と声をかける。


「はい」

「あの……店長の青葉さんは」


有紗は瞬の電話が使われていない状態になっていたことが気になり、

今日は休みなのかと、聞いてみた。ウエイターは右手にお盆を持ち、

『今年から代わりました』と話す。


「変わった? あ、そうなんですか」


ウエイターはそれだけを告げると、有紗のそばを離れてしまう。

有紗は、瞬との電話がつながらなくなったのは、陽菜との別れがあり、

その友人関係とも縁を切ろうとしたからだろうと、そう考えた。

しばらく携帯を見たり、周りの様子を眺めていると、水島が入ってくるのがわかる。

有紗は席から立ち上がり、水島の方に軽く頭を下げた。


「すみません」

「いえ……」


それぞれに注文を済ませると、水島は茶色の封筒を有紗の前に置く。


「これは」

「これは、山吹さんにお渡しします」


有紗は、茶色の封筒をあけ、中身を確認した。

そこには、以前、『フォトラリー』で宮石や栗田に見せられた、

灰田とホテルに入るときの写真が入っていた。


「灰田部長を追い込むのは、無理だと判断しました」


水島は、今まで色々と灰田の周りを探り、それなりの情報を得てきたが、

最終的にマスコミを絡めて追い込む方法は諦めたと、そう話す。


「諦めたというのは」

「そもそも、栗田に僕が灰田部長の黒い部分を語り、
それを追求していくための知恵を貸してくれと頼んだのです。
以前、話をした通り、灰田部長のやり方は、表に出ている以上に強引です。
若い部下たちのことなど、その先のことなど何も考えていませんし、
それによって傷つけられたままの人間を、たくさん見てきましたから。
だから、なんとか懐に入ってと、頑張ってきましたが……」


水島は、これ以上、有紗に迷惑をかけるわけにはいかないと、そう言い始める。


「いい証拠があると言われて、そこで初めて山吹さんのことだと知りました。
具体的な資料を探せなかった穴埋めを、
あなたのプライベートでするわけにはいきません。
これは、約束が違うと栗田に言いました。
あなたのことを利用している灰田部長を責めておいて、
自分が同じ手を使うわけにはいきませんので」


水島は、そういうと初めてと言えるくらい、優しい顔を見せた。

有紗は、夏からずっと灰田を監視してきた水島の『敗北宣言』に、

自分が一歩踏み切れなかったからではないかと、そう思ってしまう。


「最初は、本当に灰田部長の仕事ぶりに憧れて、そばにいたいと思ったんですよ、
あの人の人を見抜く目や、人をひきつける言葉や、堂々と話ができる姿に、
いつか、あんなふうになりたいとそう思っていたんです」


『リファーレ』に入る前のことを、思い出しながら、水島は注文したお酒に口をつけた。

有紗は、自分自身も、最初は途中入社してきた上司の灰田に、

仕事の先輩として魅力を感じていたことを思い出す。


「灰田部長は、自分を守るために山吹さんとのことを口にするでしょうが、
おそらく、上層部もわかっているはずです。
そのことに対して、退社後も責められたりすることは、ないはずですから」


水島は、もう、縛られずに自由に生きてくださいと、そう説明する。


「水島さんは……」

「もちろん、退社するつもりです。間宮さんから、あたらしいスパイが送られて来たとき、
信用されていなかったということが、ハッキリわかりましたし。
まぁ、こうして影で動いていたわけですから、当然ですけどね」


水島は、割り切ったらすごく毎日が楽しく思えてきたと話し、

そばを歩いていたウエイターに、同じものを注文する。


「何をしようとか、もう考えているのですか」

「俺ですか」

「はい」

「まだです。これからじっくり考えます」


水島はそういうと空のグラスを端に寄せた。





「ほら、大輔」

「サンキュー」


有紗が水島と『ミラージュ』にいる頃、司は大輔のアパートを訪れていた。

大輔は、司が持ってきた缶コーヒーを受け取る。


「どうだった、実家は」

「ん? まぁ、寝たり起きたり、食べたりってところだな」

「あはは……まぁ、そうだよな」


司はそういうと、プルを開ける。


「お前さ、仕事、大丈夫なのか?」


司は、年末、文乃の引っ越しの時の返事を聞き、もしかしたらと感じたことを話す。


「大丈夫って?」

「ん? 今の世の中、損を取るような企業はないってことだよ。
この間、別の人間に変わったって、そう言っただろ。それで、もしかしたら……と」


司は、本当はもっと厳しいのではないかと、そう聞いていく。


「……あのさ」

「文乃には言わないよ。言えば、心配する」

「うん」


大輔は、実は『LIFE』との仕事はなくなったとそう話していく。

司は、やっぱりなと一言言うと、またコーヒーに口をつけた。



【35-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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