35 古い傷でも痛みは同じ 【35-6】

【35-6】

アパートの外を、『石焼いも』の放送を流しながら、軽トラックが通り過ぎる。

スピーカーの音は、だんだん小さくなった。


「向こうの言い分もわかるからさ、それは当たり前だと思って、受け入れた。
それこそ、ずいぶんお金も動いただろうし、迷惑かけたしね」

「うん」

「ただ、自分のしたことを後悔したくはないから、だから、今、考えていて」


司は『何を』と聞き返した。

大輔は、新しく購入したカメラを取り出し、レンズに触れる。


「もう一度、行って来ようと思っているんだ」

「……行くって、ミャンマーか」

「うん。現地のみなさんに心配かけたから、こうして元気になったとことを、
報告したい。そこから戻って、新しくスタートを切ろうかなと」


司は、まだ向こうの状況がよくないのではないかと心配する。


「だからこそ意味がある。立ち上がろうとしている人たちを見て、
自分自身にも力をもらいたいしね。それに……」


大輔は、陽菜から来たメールを呼び出した。

あの『東京タワー』が再び見えるようになったことを、すぐに送ってくれた。


「あの『東京タワー』が、また見えたって、赤尾さんからメールをもらったんだ。
それを見たらさ、やっぱりミャンマーにもう一度行ってきたいと、
思うようになって……」


大輔は、レンズに触れながら、話し続ける。


「もう一度……って、そう」


司は、大輔の決意を聞きながら、黙ってコーヒーを飲み続ける。


「それほど力があるのかね……『東京タワー』ってものは」


司の言葉に大輔が視線を合わせると、今度は怪我などせずに戻ってこいよと、

笑って見せた。





「よし!」


真帆はカレンダーの前に立つと、いよいよ明日に迫った旅行の日を見た。

数字に丸がしてあり、祥太郎の字で『館山』と書いてある。

明日の朝、祥太郎がいつも乗っている軽自動車で真帆を迎えに来ることになっていた。

真帆は、いつものようにお風呂上り、肌の手入れをする。

付き合い始めて、祥太郎がこのアパートに泊まったこともあるが、

やはり二人で出かける旅行は、特別な気がした。

真帆は、春に出会いがあってから、こうして順調に進んでいることがどこか信じられず、

鏡を見ながら、ほっぺをつねってみる。

痛みはあるし、何もおかしなところはない。


「大丈夫、夢じゃないから」


真帆はそういうと今日は早めに眠りに着こうと、部屋の明かりを消す。

ベッドに入ったものの、なかなか寝付けず、何度も寝返りをうった。





祥太郎はマンションのカギを閉めると、車に乗り込んだ。

以前から計画を立てていた『館山』への旅行。

真帆の決めた旅館に、祥太郎が申し込んだ。

海が見える部屋は、きっと夕焼けも綺麗だろうと期待しながらエンジンをかける。

近頃よく聞いているCDもきちんと準備し、まずは真帆を迎えに行くため走り出した。

平日の道路は、忙しく仕事をする人たちが走っている。

祥太郎は時間を確認しながら、ウインカーを右に出した。


「どうかな……」


その頃、祥太郎を待つ真帆も、幸せの中にいた。

準備はしたし、火を使ってはいないけれど、それでもしっかり確認した。

窓も閉めたし、カーテンもした。

そろそろアパートの外に出て待っていようかと思ったとき、携帯が鳴りだした。

おそらく祥太郎だと思い、相手も確かめずに電話に出る。


「あ……」

『真帆! 美帆は行っていないの? ねぇ、ちょっと!』


その電話は、明らかに慌てている母からだった。

真帆は、気分のいい朝に、どうして電話をかけてくるのだと思いながら、

そんなに慌てていたらわけがわからないと言い返す。


『美帆が、出張だって言うから、3日前に送り出したのに、あの子、
会社を無断欠勤しているって、今、電話があったの』

「無断欠勤?」


母は、美帆が会社に連絡もしないで、もう3日無断欠勤をしているとそう言った。

心配した会社の同僚から電話をもらい、今、初めて知ったのだとまた声を大きくする。


「お母さん……」

『出張もウソだって、もう……何がなんだか』


真帆は、とりあえず時計を見た。

祥太郎がここに着くまで、もう時間がない。


「あのさ、美帆に連絡したの? 携帯」

『したに決まっているでしょう。出ないのよ。だから、こうして……』


母は、美帆が真帆の所に行くわけはないわねと、勝手に結論付け、電話を切ってしまう。

真帆の耳には、ツーツーという音だけが残される。

真帆は、この間、急に仕事場に現れた美帆のことを考えた。

何か相談はないのかと聞いたが、そんなものはないと突っぱね、帰ってしまった。

真帆は、美帆が何か抱えているのかもしれないと、急に心配になる。

するとまた、携帯が鳴りだした。相手を確認すると、祥太郎だとわかる。

真帆は受話器をあげ、『はい』と言う。


『真帆、着いたよ』


受話器から祥太郎の声が聞こえ、エンジン音が止まる。

真帆は受話器を閉じると、荷物を持って廊下に出た。



【36-1】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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