36 電話から始まる運命 【36-6】

【36-6】

『悩める恋の刃』



『オレンジスタジオ』で起きた事件は、一般紙の小さな記事になった。

本来なら、期待されていたモデルが起こした事件だけに、

大きく扱われる可能性もあったが、事務所の動きと、世の中への影響力を考慮し、

テレビ局側が、最低限の記事で済むように素早い対応を見せた。

灰田を刺したモデルには、2つ違いの姉がいた。

その姉は、以前、『リファーレ』のCMモデルをしたことで、灰田と知り合い、

それなりの関係にあったという。

しかし、灰田は女性側の求める、それ以上の付き合いなどするつもりはなく、

『恋に溺れた』その姉は、精神的に追い込まれ、仕事も手につかなくなっていた。


「驚いたよ、衣装の中にでも忍ばせていたんだろうな。
まさか目の前であんなことになるなんて、思ってもみなかったし」

「そうか」


急な出来事で警察の現場検証などが入り、撮影は流れてしまったため、

司は大輔のアパートを訪れた。大輔は、以前、灰田を追ったときに、

編集長の宮石から、女性関係の派手さを聞いていたため、

そういうことが起こったのかと冷静に受け取っていく。


「大丈夫だったかな、山吹さん。救急車が来て、一番そばにいたから、
会社の関係者と数名、連れていかれたけれど」

「うん……」


大輔は、灰田とのことを少しずつ清算し始めていた有紗が、

また真っ暗闇の中に放り込まれる気がして、辛くなる。


「姉の恨みってところだろうけれど、そこまでするのかな」


司は、そういうと特番撮影はどうなるのだろうかと言いながら、壁に寄りかかった。



司が大輔に事情を説明している頃、有紗は水島と病院の廊下にいた。

灰田の傷はそれほど深くなかったが、縫合したこともあり、

すぐに立ち上がって帰れる状態ではないため、病院側は妻に連絡を入れた。

水島の携帯が揺れ、すぐに話しが出来る場所に向かう。


「はい……水島ですが」


灰田の妻は、今、ハンドメイド教室にいると話し、

会社の仕事中に起こった事故なのだから、

灰田のことは、部下がしっかり見て欲しいと言い、守れなかった回りの人間を責めた。


「申し訳ありません」


水島は、そばにいた自分の責任ですと謝罪し、受話器を持ちながら頭を下げる。


「はい……わかりました」


水島は、携帯を閉じると、また有紗のいる廊下に戻ってきた。

有紗は、水島を見ると、『奥様は』と声をかける。


「今、ハンドメイドの教室があるので、病院には迎えないとそう言われました。
仕事中の事故なので、まぁ、こちらがするのが当たり前だと言うことでしょう」


水島はそういうと、有紗の横に座る。


「間宮さんには、連絡をしないのですか」


妻ではないが、灰田が一番愛しているのが業界紙の記者。

『間宮あかり』だと知っている有紗は、水島に向かって名前を出した。

水島は、携帯をポケットに入れる。


「間宮さんも、今すぐには無理だそうです。これから打ち合わせが……」

「死ぬかもしれなかったんですよ。もう少し、あの女の子に力があって、
部長の服装も今と違っていたら、死んでしまったかもしれないんですよ」


有紗は、どうしてそんなふうに後回しに出来るのかと、両手を握り締める。

自分をとことん利用し、愛情のかけらもなかったと思い知らされた相手なのに、

有紗は灰田のことを思い、目頭が熱くなる。


「それだけのことを……部長がしてきたということです」


水島はそういうと、灰田の入った個室の扉を見る。


「おそらく部長自身が、気付いているはずです。奥様も、間宮さんも、
ここには来ないだろうと」


水島は、症状も落ち着かれているので、会社に戻ろうと思うと有紗に話す。


「どうされますか、ここに残りますか」


灰田の病室に入り、話をしたいという気持ちはあったが、

自分がすることではないだろうと思い、有紗も椅子から立ち上がる。


「水島さん」

「はい」

「お役に立てずに、申し訳ありませんでした。あなたにご迷惑をかけているのも、
薄々わかります。それでも……」

「退社をすると」

「はい、心に決めましたので」


有紗はそういうと深々と水島に頭を下げた。

水島もそれに返礼する。

有紗は、水島の横を通り過ぎると、病院の廊下を静かに一歩ずつ進んだ。





『展覧会』のクラス工作も原案が決まり、展示物のための小道具作りは、

架橋を迎えていた。陽菜は夜8時まで幼稚園に残り、

閉店になりそうなスーパーに滑り込む。

あまり手をかけなくてもいい惣菜をいくつか買い込み、レジに並んだ。

会計を済ませ、レジ袋に商品を入れると、店を出る。

商店街は半分くらいがシャッターを閉めた状態になった。

しかし、居酒屋は人の声が外まで聞こえてくるくらい、賑わっている。

部屋に向かう信号が赤だったので、立ち止まると、携帯が鳴りだした。

陽菜はビニール袋を左手に持ち替え、空いた右手をバッグの中に入れる。

携帯を取り出して相手を見ると、底に並んでいたのは数字だけだった。

相手のわからない数字だけれど、最後の数字4つが、

以前かかってきた電話と同じことがわかる。

出ると切れてしまうので、少しほっといたが、今日の呼び出し音は、

なかなか切れない。

陽菜は、登録されていない番号に、

業者か以前面倒を見た子供の父兄かなにかかと思い、受話器を開けた。


「はい……」

『……陽菜』


その声の主がわかった陽菜の足は、脳からの命令が届かなくなったのか、

ピタリと止まってしまった。



【37-1】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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