37 それぞれに芽吹く思い 【37-3】

【37-3】

陽菜は、刃物が出てくる話に驚き、

それで命に関わるようなことはないのかと、聞き返す。


「問題はないの。でも、奥さんも、彼の一番長く付き合っている愛人も、
当日、病院に顔すら出さなかった。私は現場にいて、目の前で事件が起きて、
一瞬、この人が本当に死んでしまうかもと、慌てていたのに。
いくら完全看護の病院だから、仕事があるからって、
普通、それで済ませられるのかなって……」


有紗は、あの日から、どこか感じ続けている思いが、

今の陽菜の話で、納得がいったとそう話す。


「私のことをバカにしておいて、しっかりしてよって、思うんだよね」

「……あ、うん」


陽菜も、自分に対して、あれだけのことをしたのだから、

『しっかりしてよ』と言いたかったのだと、両手を軽くあわせる。


「たとえばだけどね。街の中で偶然に出会った時、こっちのことなんて気にもせずに、
堂々と歩いていたとしたらよ、悔しさもあるけれど、それはそれで納得できる気がする。
あの人が幸せなのなら、こっちも負けないぞってね。
それがさ、情けなく会いたいなんて言われたらねぇ、どういうことだって言いたくなる」

「そうそう、あなたはそんな人じゃなかったでしょって」

「そう!」


二人はそれぞれ注文したサワーを飲むと、『過去の恋』に対して、

さらに話を続けていく。


「自分の仕事に、悪影響があるかもしれないと思うと、
平気でそばにいた女に罪を擦り付けて。その割りによ、モデルのたまごに刺された時、
私に助けを求めるような顔をしたの」

「ん?」

「私の肩をつかんで……名前を呼んで。あぁ、もう私、夢でも見ていたのかもしれない。
あの人が世の中で一番素敵だと、ずっと思っていたから」

「有紗」

「もう、貴重な人生の時間を無駄にした」


有紗はそう言った後、そばにあったカラオケのマイクを握る。

マイクの中心部分をしばらく見つめていたが、何かを思いついたのか、前を向く。


「灰田啓次のバカ! 女をバカにするな! だからこんなことになるんだよ!」


有紗は大きな声を出すと、スッキリするよと、マイクを陽菜に手渡していく。


「陽菜も叫んでみなよ」

「……うん」


陽菜はマイクを握り、一度大きく息を吸い込み、吐き出した。

大学時代に瞬と出会い、優しい包容力のある男だと、ずっと信じてきた。

しかし、実際の彼の姿は自己中心的であり、なおかつプライドも中途半端に思えてくる。


「青葉瞬! いつも人のせいで不幸になっているわけじゃないぞ。
招いているのは自分自身だ、それを認めろ!」


陽菜はそういうと、マイクをテーブルにゆっくりと置く。


「あはは……何その置き方」

「だって、マイクがかわいそうでしょ、乱暴にしたら」


陽菜と有紗は、せっかくここにいるのだから、何か歌おうかと本をめくりだす。


「陽菜」

「何?」

「私、灰田部長と会ってくることに決めた。そう、今決めた」


有紗は、3月いっぱいで退社すると『退職願』を出したのだと話す。


「会ってどうするの」

「言うのよ、今思っていることを全部。辞めるのだと決めたら、何も怖くないもの。
あんなふうに人から恨みをかっても、それでもしがみつきたい地位なら、
どうぞ、これからも女を利用して、のしあがってくださいって……」

「そんなふうに言うの?」

「そこまで言えるかどうか、わからないけれど……」


有紗は、ポテトをつまむと、口に入れる。


「会いたいって言うのだから、陽菜も青葉先輩に会えばいいのよ。
会って、言ってやればいいの」


有紗の意見に、陽菜は返事をしないままになる。


「それとも何? 顔を見たら、また気持ちが戻る……とか?」


有紗の意見に、陽菜はそれはないと首を振る。


「それはない。それがあるのなら、電話がかかってきた時点で気持ちが動くでしょ」

「まぁ、そうだよね」


有紗はだったら会って、言ってやるべきだとそう強気に出る。


「女を甘く見るような男は、幸せになれないよ、きっと」


有紗は、とある曲にボタンをあわせると、カラオケのスイッチを押していく。

今まで何も映っていなかった画面に、タイトルが映し出されイントロが流れる。


「ねぇ、絢先輩の結婚式、入場の曲、覚えている?」

「覚えている。今、イントロが出たときすぐに思ったもの。
うん……そうそう、これだった。絢先輩、昔から好きだったよね、この曲」


有紗が流したのは、先輩の絢の『結婚式』で流れた、入場曲になる。

偶然、新郎新婦の後輩として、6人は同じ式に招待されていた。

この曲が流れているときには、別々だった視線が、

真帆のハンカチという出来事から、大きく動きを見せた。


「あの人たちに出会ったことは、偶然なのだろうけれど、
今思うと、すごく価値があるような気がしてくるんだよね」


有紗は、自分の夢を強く語った祥太郎のことや、灰田と自分のことを知りながらも、

決して踏み込もうとせずに、距離を保った大輔のこと、

そして、3人のバランスをうまく取り、リーダーシップを取れる司のことなど、

色々と思い出していく。


「ねぇ、白井さんと会ってるの? 陽菜」


有紗は、怪我もそろそろよくなったのではないかと、大輔のことを話す。


「ううん……一度食事をしたって話したでしょ。あれから会ってない」

「会ってないの?」

「うん。でも、それが彼らしい気がして、全然気にならないんだよね。
仕事で色々とあって、『リベンジ』したいって言われているでしょ」


陽菜は、電話で少し話しただけで、メールの返信があっただけで、

それで十分つながっている気がすると、そう話す。


「なんだろう……うん」


陽菜の穏やかな表情に、有紗は『そうなんだ』とつぶやいた。

曲はサビの部分に差しかかり、演奏にも力が入っている。


「私も……恋したいなぁ」


有紗はそういうと、またサワーに口をつける。

陽菜は、有紗に昔よく歌った歌を入れるからと、横にあった本をめくりだした。



【37-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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