37 それぞれに芽吹く思い 【37-5】

【37-5】

園児たちをバスに乗せ、幼稚園は静かな時間を迎えた。

今日は、教員になって3年までの先生たちが研修のため、

『チクタク隊』の保育も行われてはいない。

陽菜は『りす』組での作業を終えて、職員室に戻り、

以前、瞬から来た電話の番号を見直した。

陽菜が電話に出る前には、何度か無言電話があったが、

会わないと拒絶してからは、何も連絡がない。

自分を利用し、事件に巻き込まれた灰田に対し、正面からものを言うと宣言した有紗に、

その時は同調したものの、いざ瞬の新しい番号を見ていると、

自分から電話をするのはどうなのかと、また迷いが出る。

陽菜は、結局番号を回すことなく、携帯を閉じた。



陽菜は、『新町幼稚園』を出て、まずは駅に向かった。

今日の献立を考えていると、そろそろお米がなくなるのではないかと思い始める。

しかし、今日運ぶのは大変なため、夕食はスパゲッティーにでもしようかと考えた。

具材はどれだけ冷蔵庫にあったのかと、頭に浮かべ始めていると、携帯が揺れ出す。



『白井大輔』



陽菜はすぐに受話器を開け、『もしもし』と言った。


『すみません、白井です』

「はい」


陽菜は今、仕事が終わり駅に向かっているところですと状況を話す。

大輔は、そばにあった店の壁を見て、時間を確かめた。


『あの……先日お話しした、
食事会のリベンジを、どこかでお約束できたらと思ったのですが……』


大輔は、今日病院に行き、怪我の治療は終了したと陽菜に話す。


「白井さんは、今、どこですか」

『今は……』


大輔は病院から駅に向かうところだと、同じように状況を語る。

陽菜は『そうですか』と言ったものの、そこで言葉が止まってしまう。

『約束』と言われたのだから、予定が組める日を教えるべきなのだろうが、

互いに外に出ていて、まだ食事をしていないことも話の中でわかっている。

ここは、あえて別の日を指定しなくてもと思いながら、

しかし、大輔にはこれから予定があるのかもしれないと、また考え始める。


『赤尾さん』

「はい」

『あの……』


大輔と陽菜の口が同時に、『これからはどうですか?』と、声を出していた。





「すみませんでした、なんだか強引に誘ったみたいで」

「いえ、私も同じことを言ったのですから。夕飯、どうしようかななんて、
思いながら歩いていたので」

「何か、考えでも?」

「それが、お米がそろそろないので、休みに自転車で買いに行きたいなと。
だとすると、麺類かなとか、ブツブツ……」


大輔と陽菜は、互いの場所から距離をあわせ、会うことになった。

お寿司と和食をあわせたレストランは、お酒を楽しむ人たちも、

たくさん利用している。


「せっかくだから、日本酒、飲みませんか」

「はい」


二人はそれぞれ日本酒を注文すると、食事が来るのを待つ。

陽菜は、以前会ったときの大輔は、左肩をかばいながら動いていたのに、

今は以前と変わらなくなっていることに気付き、ほっとする。


「よかったですね、怪我の治療が終わって」

「はい。これでまた1つ前に進めます」


大輔は、そういうと、来週『ミャンマー』に行くつもりだと話し始める。


「ミャンマーにですか? でも、お仕事」

「仕事で行くわけではないんです。あくまでもプライベートで」


大輔は、事故が起きて慌しく病院に入院し、日本に帰国したため、

現地の人たちに一度会いたいのだと、そう言った。


「『アスナル』のスタッフたちにも、迷惑をかけましたし」


『アスナル』の名前を聞き、陽菜は飲み会に姿を見せた志穂のことを思い出す。


「手紙やメールで報告すればいいというのもあるでしょうが、
やっぱり目で確かめるのが一番しっくり来るような気がして。
ずっと考えていました」


大輔の言葉に、陽菜は『怖さはないのか』と反応する。


「怖さ、ですか」

「はい。あれだけの事故に巻き込まれて、もしもまた……と思うと、
私なら足が向かない気がして」


陽菜はそういうと、大輔の顔を見る。


「雨が降れば思い出すかもしれないし、全く気にならないといえばウソですけれど。
でも、避けたままで新しいことを始めようとしても、
なにか心にひっかかっている気がして、これからがうまく流れないような」


大輔は、あくまでも自分自身の思い込みだけれどと、軽く笑ってみせる。

二人の前に、注文した日本酒と、いくつかの小鉢が運ばれてきた。



【37-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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