37 それぞれに芽吹く思い 【37-6】

【37-6】

陽菜は小さなグラスを受け取る。

そのグラスには細かい模様が刻まれていた。


「これ、江戸切子かな」

「あぁ、そんな感じですね」


大輔も小さなグラスを持つ。二人は互いに顔を見合わせ、軽くグラスを上げた。

『乾杯』にぶつけてしまうと、傷がつきそうなので、それらしき仕草だけにする。

陽菜の喉を通り、日本酒の香りが鼻の方へ戻ってくる。


「はぁ……美味しい」


大輔も確かにと頷いた。

二人はそれぞれ箸を持ち、小鉢の料理を食べていく。


「『東京タワー』、あれからまだ見えますか」

「はい。しっかりと」


陽菜はそういうと、またお酒を一口飲む。


「でも、今度は大丈夫です。もし、何かがあって見えなくなっても、
私の頭の中に、しっかり記憶しましたから。今、目を閉じても、きちんとわかるくらい」


陽菜は、目を閉じ『大丈夫』と頷いた。

大輔は、そんな陽菜の顔を見ながら、箸をおく。


「赤尾さん」

「はい」

「ミャンマーで一つ区切りをつけたら、体も戻ったことですし、
また仕事をしようと思っています。
『LIFE』のように、半年などという区切りの仕事は出来なくて、
年間計画かもしれないので、もしかしたら『フォトカチャ』として、
幼稚園に行くことは、これからないかもしれません」

「……はい」


陽菜は、それは仕方がないことだと思いながら、返事をする。


「赤尾さんの恋が、うまくいかなくなった話を、実は先日、黄原さんから聞きました。
俺はあの一時帰国の日、赤尾さんが楽しそうに笑っているのを見ながら、
きっと、全てがうまくいっているのだと、そう思っていて。
『よかったですね』なんて顔をしながらも、どこか苦しいこともあって、
みんなの再会の場所から、逃げるように帰ってしまったのかもしれません」


大輔は、6人で会うはずの会に、志穂を連れて来てしまったのも、

どこか自分の身を守りたいという、

弱気さから来た行動だったかもしれないと話していく。

陽菜は、その日の大輔の気持ちを、今ここであらためて知る。


「土砂崩れの瓦礫の中で、見えるはずのない『東京タワー』が見えた気がしたのも、
あなたを応援すると言った自分の気持ちと、それでも忘れられない思いとが、
交差した結果の『幻』だったのかなと、そう思ったりもします」


大輔は、当時のことを思い出しているのか、小さく頷いた。

陽菜は、あの日、真帆や有紗と息をするのも苦しい時間を過ごしたことを思い、

両手を握り締める。


「人の心を動かすのは、そう簡単なことではないかもしれないので、
赤尾さんの気持ちには、まだ、小さな芽すら出ていないかもしれませんが。
俺は飛び立つ前と、同じ気持ちです」


陽菜は、飛び立つ前とは、『ミャンマー』に行く前ということだろうと、考える。


「あなたが好きです」


大輔の言葉を、陽菜は黙ったまま受け止めた。

自分が、長い間持ち続けている思いと違い、

陽菜自身にはまだ、自分への思いは何も芽生えていないのではないかと、

そう遠慮がちなセリフが向かってくる。


「今回は、日本に……あなたが待っていると、そう思いたい」


陽菜は、真冬の夜に、頬が赤くなるような『あたたかさ』を運んでくれたのは、

日本酒なのか、それとも、大輔の告白なのかと考える。


「嬉しいです……」


大輔の告白に、陽菜が素直に出した言葉だった。

違う人が好きだと宣言したのに、それを応援してくれると言ってくれたことも、

迷った日々に、小さな明かりをともすような写真を何度も撮ってくれたことも、

今思えば、全てが陽菜に力を与えてくれた。

陽菜は今、心から『大輔のために、自分は何が出来るのか』と考える。


「白井さん」

「はい」

「私の心に芽が出ていない状態なら、今、ここにはいません。
あの再会の日から、あなたが日本に帰ってくるのを待っていたし、
今も怪我が治って本当によかったと、そう思っています。
この間の食事会から、『リベンジ』がいつなのか、焦らせてはいけないと思いながらも、
電話が鳴るのを、毎日待っていましたし……」


陽菜は、大輔を見る。


「そう……待っていることが楽しいと、そう思えるようになりました。
でもそれは、相手が白井さんだからです」


待ちぼうけになることもないし、知らないふりをされることもない。

大輔との約束なら、絶対に守ってもらえるという、経験からの安心感。

陽菜は、ウソのない大輔の言葉に、いつも励まされてきた。


「待っています……。どうか、怪我のないように戻ってきてくださいね」


陽菜はそう大輔に告げると、またグラスを持った。

大輔も黙ったままでグラスを持つ。

駆け引きのような危うさがなくても、心を揺さぶられるようなセリフがなくても、

人は『信頼の気持ち』があれば、心の底から幸せと思えるのだと陽菜は思い、

そして、ただ流れていく時間の中に、かけがえのないものもあるのだと痛感する。

黙っている二人の前に、メインのお寿司が運ばれてきた。


「すみません、これ、もう1杯ずつ」


大輔は、そういうと陽菜の方を見た。

陽菜は『はい』という意味を込めて、しっかりと頷きかえす。





『あなたが待っていると、そう思いたい』





大輔と別れた後、陽菜は電車に揺られながら、『リベンジ』の言葉を思い返していた。

好きな人がいるのだと断りを入れた後、それを応援すると言ってくれた。

その応援は、胸の奥に秘められたまましっかりと熟成し、

今、確かな『愛情』に変わっている。

去年の4月、初めて飲み会をした日は、まだこの間だと思えるくらいなのに、

経験してきた出来事は、何年もかけてきたくらい重かった。

そんな中で、大輔には『はるな先生』と呼ばれ、何度も『喜怒哀楽』を見せてきた。

いつもそばにいて、いつも声をかけてくれた人。

陽菜は電車に揺られながら目を閉じ、

窓から見える小さな『東京タワー』を思いだしていく。

大輔と出会い、こうして思いを重ねることになるのは、

幼稚園の窓から見えるタワーと同じくらい奇跡的なことかもしれないと、そう考えた。



【38-1】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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コメント

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ぜひぜひ

拍手コメントさん、こんばんは

>これからもず-----っとももさんの読者です。

うわぁ、嬉しいです。これからもどうかお気楽におつきあいください。
『Colors』もラストが近づいてきました。どんなエンディングなのか、
見届けてくれたら嬉しいです。

みなさんの励ましが、何より嬉しい私です。