38 背中にかかる荷物 【38-1】

38 背中にかかる荷物
【38-1】

大輔と陽菜が『芽吹く思い』を確認した次の日、

有紗は冬の冷たく透明感のある空を見ながら、灰田の入院する病院に向かった。

時間が気にならないよう、今日は有給を取っている。

夕方を過ぎると、家族やあかりが顔を出す可能性があると思い、あえて昼間を選んだ。

受付で名前を言うと、灰田が入院した日、担当していた女性だったので、

すぐに通してもらう。面会のバッチを胸につけ、エレベーターに乗り込んだ。

4階の外科病棟、あらためてナースステーションの前に向かう。

入院した日と同じ病室なのかを確認すると、灰田の病室は、以前と反対側になっていた。

個室の番号を記憶し、廊下をまっすぐに進む。

名前をしっかり確認した後、一度息を吐き出すと、軽くノックした。


「はい」


中から聞こえたのは、灰田の声だった。

ここは秘書室と部長室ではないが、有紗は以前、こんなふうに灰田のところに向かい、

今日のスケジュールなどを発表していたことをふと思い出す。


「失礼します」


有紗は扉を開けると、そのまままっすぐに進んだ。

灰田は、少し驚くような顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻る。


「部長、病室まで押しかけてしまい、申し訳ありません」


以前、秘書と上司だった頃の口調で、有紗は灰田に話した。


「いや……」


灰田は事件当日のことを思い出すのか、有紗から目をそらす。


「3月末で、『リファーレ』を退社することになりました。色々とお世話になりました」


有紗はそういうと、灰田を見る。


「君はもう、所属も変わったのだし、わざわざ、僕に話しに来なくても」


灰田は、そういうと窓の外に目を向ける。


「いえ、灰田部長には、私自身の口で、どうしても話をしたかったので」


有紗はそういうと、さらに一歩奥に進んだ。


「灰田部長の仕事に対する情熱や、実力を、いつも尊敬していました。
とても同じようなことは出来ませんが、何かお役に立てたらと、本当にそう思い、
毎日、仕事をしてきました」


男として惹かれていったのも、それだけのことがあったからだと、

有紗はあらためて灰田を見る。


「実力不足の秘書でしたが、退社を前に、一つだけ言わせてください」


有紗の言葉に、初めて灰田が視線を合わせた。


「一つだけとは、なんだろうか」


灰田は、思うところがあるのなら、何でもいいなさいという顔を向ける。


「『リファーレ』には、灰田部長が必要です。
誰かが存在を変える事など出来ないくらい、あなたには力がある。
でも、その力は人を容赦なく傷つけています」


有紗は、『誰』という言葉を出さないまま、灰田に思いを訴えた。


「部長……どうか、『愛してあげて』ください。奥様なのか、間宮さんなのか、
私には部長の気持ちがわかりませんが、お二人の気持ちはわかります」


有紗は、間宮あかりと言いあいをした日のことを思い出す。

互いに、灰田と『男女』の間柄を感じ取り、けん制しあった。


「自分を必要としてくれていると、そう思うことが、一番人を強くします。
どうか……愛してあげてください。ただ、それだけです」


有紗はそれだけを言うと、何秒かその場に立ち、振り切るように息を吐く。

『自分だけではない』という思いがあるだけに、妻も愛人も、灰田が刺された日、

すぐにここへ来なかった。

陽菜は、『愛し切れていない』ぶん、

灰田自身も『愛されている』という確信はないだろうと思いながら、

もう二度と話すことはない人の姿を見る。


「治療をされている場所に押しかけ、申し訳ありませんでした」


有紗は頭を下げると、そのまま部屋を出ようとする。


「有紗……」


灰田はそういうと、有紗の動きを止める。


「どうして名前を呼ぶのですか。この間もそうでした。私は……」

「君を利用したと、それがわかっているのに、どうして退社をするんだ。
何があるのか、どうなるのか、気付いているだろう」


灰田は、自分のたくらみを今は知っているのだろうと、そういう意味を込めて、

聞いていく。


「だとしても、もう振り返ることはありません。
私にとって一番大切なものは、灰田部長とは違うことに、気付いたからです」


有紗はそういうと、灰田に背を向けたまま、病室の扉を開ける。

全ては終わったのだと思いながら、扉を閉めた。





『はるな先生、今日は驚きました。お時間がある日を教えて』



陽菜の携帯に、以前、『新町幼稚園で一緒に働いていた、

同期の『なみ先生』からメールがあったのは、園児たちがバスに乗り終えた後、

3時くらいのことだった。

何を驚いたのかは書かれていないものの、どこか高揚気味のメールに、

陽菜はなみに何か楽しいことがあったのかと、そう思い始める。

なみは、この幼稚園に勤めていた頃、

『フクちゃん』こと副園長との付き合いがあったが、それはもう終わり、

今年の4月から、『どんぐり保育園』に転職し、頑張っている。

陽菜は、来年、今年担当をした年中の子供たちを、

年長として送り出そうと思っているが、その後のことを考え、

一度『保育園』のことを聞いてみようと思うようになる。



『なみ先生、なんだかメールが楽しそう。私はいつでも大丈夫』



陽菜の返したメールに、なみから返事が届いたのは、

それから1時間後のことだった。



【38-2】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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