39 自分の両目に映るもの 【39-1】

39 自分の両目に映るもの
【39-1】

『この金額を全て水島が被ったからこそ、あなたのところに写真が戻った、
そういうことです』



有紗は栗田と別れた後、ずっとこの言葉を頭の中で繰り返した。

あのまま、何を言われてもいいと割り切り、

灰田にまとわりつく闇の部分を明らかにしていれば、

『クーデター』の完成図も、今とは違ったものになったかもしれない。

少なくとも、水島が全てを被り、損をすることなどなかっただろうと思うと、

申し訳ない気持ちが心の中を埋め尽くしてしまう。

有紗は、駅の改札に入る前、『水島』の携帯番号を呼び出し、かけてみることにする。

数回の呼び出しがかかった後、『はい』と水島の答える声が聞こえた。


「もしもし、山吹です」


水島は受話器の向こうから、『こんばんは』と冷静な声で答えてくれた。





陽菜と大輔が駅前で待ち合わせをしたのは、

ミャンマーから帰国して2日後だった。互いに注文を済ませ、待っている間に、

陽菜はタブレットを借りて、大輔が撮ってきた写真の数々を見続ける。


「これ、バイクですか?」

「そう。よく見ると日本製なんだ。たしか『KAWASAKI』って書いてあった。
もちろん中古で、古くなったものを外国に輸出して、
それをまた改造したりしているんだろうね」

「へぇ……」

「拠点にしていたところは、道がとにかく悪くて。
日本のようにほとんど舗装されているなんてことはないから。
タイヤも傷むし、パンクも多い」

「パンクね、それは大変そう」


陽菜は小さなお店の様子や、主婦たちが集まって話しているような写真を見ながら、

さらにめくり続ける。すると、子供たちの笑顔の写真が現れた。

3人姉妹が並んで笑っている。


「この子たちは小学生?」

「えっと……真ん中はまだ学校には行っていない。でも、お姉さんたちが行くのを見て、
楽しみにしているって」

「そうよね。『りす』組でも、上の兄弟がランドセルを買ってもらって、
それがうらやましいっていう子がいるもの」

「ランドセルか、確かに」


陽菜がその後に見た写真は、土砂崩れで埋もれてしまい、

壊れてしまった小屋の前で、楽しそうに笑っている子供たちの写真だった。

はがれた屋根の一部分を別の場所に乗せ、小さな部屋のようにしている。

タブレットを持ったままの陽菜の前に、料理が届く。


「赤尾さん」

「……あ、はい」

「食べよう」

「……うん」


陽菜は写真の入ったタブレットを大輔に戻すと、箸を持った。

まずはお椀を取り、お味噌汁を一口飲む。


「白井さん」

「何?」

「写真ってこれを撮りたいと思った瞬間が、撮れるものなの?」


陽菜は、子供たちの表情がとてもいきいきしていて、

顔の前にかかる湯気なども、そのタイミングがいいからなのか、

本当に温かさがこっちに伝わる気がすると、そう話す。


「デジタルカメラは、連続でシャッターが押せるから。
だからその中に、ベストと思える瞬間が入るのかな。
あ、それでも、子供たちが横を向いてしまったり、もちろん失敗もあるけれど」

「そうなんだ」


陽菜は、そういえば写真をもらいましたよねと納得する。


「なぜだか今、写真を見ていたら、私の中でイメージが代わった気がします。
『ミャンマー』って、名前はニュースで聞いたことはあったけれど、
自分では行ったことのない国で、初めての情報が白井さんの事故だったから。
どうしてもよく思えなかったけれど」


陽菜は、そのイメージがこの写真たちによって変わったと、そう話す。


「写真って大切ですね」


陽菜はそういうと、何年も幼稚園の先生をしているうちに、

一つずつの行事に対して、どこか淡白になっていた気がすると、そう言い始める。

大輔は、陽菜が写真を見て、色々と自分なりに感じ取ってくれたことが嬉しくなった。

なんてことのないつながりが、また一つ、自分たちを先に進めてくれているような、

そんな思いになる。


「また、みんなで集まりましょうか。俺、司に言われているので」

「緑川さんに?」

「はい。お前が主催で飲み会を開くべきだって」


大輔は色々とご迷惑をかけたのでと、軽く頭を下げる。

陽菜は、謝らなくてもいいですけれどと笑いながら、

箸で煮物の中にある里芋をつかんだ。





陽菜と大輔が会っている時、有紗も水島と待ち合わせをしていた。

以前も会ったという理由もあり、場所は『ミラージュ』になる。

有紗は『いらっしゃいませ』の声をかけられ、店内の奥にあるテーブルに向かう。

カウンターの中を何気なく見ると、そこには前回いなかった瞬の姿があった。

有紗は水島と待ち合わせをしたことも忘れ、カウンターに向かってしまう。


「青葉先輩」


その声に、カウンターの奥で伝票に目を通していた瞬が振り向いた。


「どうした有紗。そんな驚いた顔をして」

「驚くに決まってますよ。前に来た時に店長が変わったって聞きましたから」

「あぁ……うん、まぁ、そう。今は俺、店長じゃないんだ」


瞬はそういうと、一人なのかと有紗に問いかけた。

有紗は、水島と待ち合わせていたことを思い出す。


「あ、違います。今日は待ち合わせです」

「そうか……」


有紗の目に映る瞬は、昔のような自信が見え隠れするような姿ではなかった。

どこか疲れているような、節目がちの状態に、

やはり、何かが変わっているのだとわかる。


「先輩……」


有紗がそう声をかけたとき、店の扉が開き、水島が姿を見せた。



【39-2】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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