39 自分の両目に映るもの 【39-3】

【39-3】

水島と挨拶し別れた後、有紗は飲みかけのお酒を持ち、カウンターに移った。

しばらくすると店の混雑が落ち着き始め、瞬が前に立つ。


「何か、食べるもの用意しようか」


瞬の言葉に、有紗は黙って首を振る。


「そっか……」


瞬はそういうと、並べられたグラスを丁寧に拭き始める。


「青葉先輩」


有紗は名前を呼んだ後、瞬を見た。

瞬は黙ったまま、手を動かしている。


「陽菜に電話したでしょ」


瞬は肯定も否定もせずに、少しだけ口元を動かした。

有紗はどうして電話番号が変わったり、店長を辞めたのですかと聞く。

瞬が答えを返してくれるのかどうかわからなかったが、有紗は黙って前を見続ける。

また一人、扉を開け店を出て行った。瞬も『ありがとうございました』の声を、

カウンターの中から出していく。


「あぁ……陽菜に電話をした。陽菜を傷つけたこともわかっていたのに、
一人になると、思い出すのは陽菜のことだった。有紗も色々と聞いているんだろ」


瞬はそういうと、どこまで知っているのかという顔をする。


「どこまで……」

「うん」

「そうですね、先輩がものすごく身勝手で、陽菜を振り回したあげく、
別れたことは知っています」


有紗はそういうと、残ったカクテルを飲み乾していく。


「ふっ……お前らしい言い方だな……まぁ、そうだけれど」


瞬は、妻の純香の妊娠が、実は自分をつなぎとめるウソだったこと、

そこから話しがずれてしまい、一度は立ち直りかけた関係がまたおかしくなり、

さらに、義父からも店の経営から抜けたほうがいいと言われたことなど、

静かに語り始める。


「それで家を出た」


瞬は、この先、どう動くのかまだ何も決めていないと言う。


「先輩……」


有紗の声に、瞬は顔をあげる。


「奥様のこと、仕事のこと、確かに先輩にも悩みはあるのでしょう。
思っていた通りにことが進まなくて、後戻りをしたくなることがあるのもわかります。
私自身も、人に振り回されたと、嘆いたり、叫んだり、そんな時間を過ごしていました。
でも、振り返ってみたら、それは全て、自分のことです」


有紗は残り少なくなったカクテルを見つめながら、瞬の時間と、

自分自身の時間を振り返る。


「陽菜はもう……大学時代には戻りませんよ。たとえ何があっても」


有紗はそういうと、瞬の言葉を止める。


「陽菜と再会したとしても、もう、絶対に元には戻りません。
陽菜は、先輩の姿が見えない場所に向かって、歩き出しましたから」


瞬は、陽菜にはもう、新しい相手がいるのだと思い、

小さな声で『そうか』とつぶやいた。

有紗は、陽菜が好きになった人は、とても優しくて強い人だと話す。


「人は強がっていても弱いので、自分が見えているものだけが全てで、
それを信じようとします。私自身そうでしたから……。でも、陽菜は先輩と別れて、
しっかりと前を見て、色々と気付くことがあったのだと思います」


長い間持ち続けてきた気持ちを整理したとき、初めて見える景色があることを、

有紗は自分の経験を踏まえて、そう言った。


「陽菜の好きになった人が強いと言うのは、別に力がということではなくて、
まっすぐで優しい陽菜に、ぴったりの人ってことです。先輩も思うでしょ。
あの子に『不倫』なんて似合わないんです、そもそも。
そうだ、私はこっちがいいって、気付けたんですよ……きっと」


有紗は、カウンターで大きく首を振る。


「『不倫』はダメですよ、やっぱり。
曲がっていることに気付かずに突っ走ってみても、
どこかでゆがみに気付かされます」


それは陽菜にというより、自分自身に語りかける言葉だった。

瞬は、電話をかけたとき、割り切っているように思えた陽菜の声を思い出す。


「そうだな……あいつには似合わないな」

「そうですよ」


有紗はそういうと、同じものをもう1杯だけ飲んで帰りますと瞬に告げる。

瞬はそれならおごってやると言い、有紗の前からグラスを取った。





大輔と食事を終えて別れた陽菜は、電車を降りると改札を出た。

同じように降りてきた乗客たちが、空を見上げている。


「あ……」


陽菜の目の前に落ちてきたのは、間違いなく雪だった。

道路はすでに濡れていて、今はまだ結晶が消えてしまうけれど、

これから降り続けば、明日の朝は道が凍るかもしれないと考える。

陽菜はバッグから折りたたみの傘を取り出し、人の隙間から道路に出ると、

足早に部屋を目指す。



同じように駅を出た大輔は、空から降ってくる雪を見た後、

そのまま上着のポケットに手を入れたまま、アパートに向かって歩き出した。

お土産代わりの写真を、陽菜は嬉しそうに見てくれた。

その感想の中にあった単語を、大輔は思い出しながら、歩いていく。

今回は仕事ではないのだから、何もテーマを決めず、目の前の瞬間を撮り続けた。

どんなに細かい話をしても、ジェスチャーを入れても、1枚の写真にはかなわない。

そう言ってくれた陽菜の言葉が、大輔の心に一つの決心を生み出していく。

大輔は吐き出す息の白さを感じながらも、気持ちはとても前向きになっていた。



【39-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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