39 自分の両目に映るもの 【39-4】

【39-4】

降り出した雪は長く続くことはなかったので、

次の日はところどころ凍った場所があるものの、

交通が乱れるようなことはなく、それぞれがまた仕事に向かった。

『アプリコット』の文乃は、体操の先生が時間通りに来られるだろうかと心配し、

『桜場ふとん店』に出た祥太郎は、道路の凍結がなくなるまで、

配達は難しいなと、店長の貴之と話し合う。

『原田運送』の真帆は、運転手たちに気をつけるように話す社長の横に立ち、

『アモーラ』の営業部にいる司は、

この4月から営業部の主任として待遇が上がる話を聞いていた。

残り少ない『リファーレ』での仕事を始めた有紗は、

携帯で水島の会社に『獺祭』を贈る手はずを確認する。

『新町幼稚園』に向かう陽菜の前に、後輩の『みき先生』が飛び出してきた。

その後ろを追いかけるように現れた副園長は、陽菜に気付くと、

あえて冷静に、『おはようございます』と挨拶をしてくれる。

そして、大輔は朝一番に『フォトカチャ』の富田に連絡を入れた。

すぐに会社へ来るように言われ、カメラを担いだ状態で転ばないよう、

駅までの道を慎重に歩いた。





「富田さん、どうでしょうか」

「うん」


富田は、左手で自分の顎をさすりながら、大輔の写真リストを見続ける。

大輔が富田に相談したのは、『ドキュメンタリーフォト』についてだった。

カメラマンの写真を色々な角度から選び、半年に一度、記者会館での展示を行う。

そこは一般客も見ることが出来る場所で、反響が大きい写真は、

大きく引き伸ばされ表彰された。

誰の写真でも応募は可能なのだが、『報道協会』に加盟する記者や編集者の推薦がないと、

展示としての作品リストに入ることが出来ない。

素人たちがデジカメや携帯電話で、決定的な瞬間を撮ったようなものは、

あくまでも別の観点で処理され、

『ドキュメンタリー』としての評価は受けないようになっていた。

富田はタブレットに並ぶ写真を1枚ずつ指でめくりながら、鋭い目を向ける。


「『ドキュメンタリーフォト』か……。どうして急に、出してみようと思ったんだ。
今までもチャンスがあったのに、並べられるのはと、
あえて避けているように思えていたけれど」


富田は、大輔の写真の実力を評価していたので、推薦するのは構わないがと、

タブレットを見続ける。


「避けていたというのは、確かにそうかもしれません。
自分自身が納得して撮っているつもりなので、外野から色々と言われるのが、
どうもひっかかるというか……」


大輔は、顔をあげた富田に、『生意気ですみません』と頭を下げる。


「相変わらずの正直者だな、お前は。
まぁ、技術的なことを学び、この世界に入ったやつらにしてみると、
自己流に近いお前に対して、評価などしてくれないというのが本音だろう。
出版社に出入りしていたときにも、そう言って嫌みをぶつけた
ベテランカメラマンもいただろうしな」


富田は、大学を卒業してすぐの大輔を知っていたので、なつかしいなと言いながら、

さらに写真を見続ける。


「今思えば、東京に出て、カメラの仕事にどうにかもぐりこみたくて、
その隠れ蓑に大学を使っていましたからね。まぁ、勉強なんてほとんどしていなかったし、
暇さえあれば、スタジオで助手したり、写真を持ち込んだりしていましたから」


大輔は、そういうと当時を思い出すのか、苦笑いをする。


「それでも今回、出そうと思ったのは、写真を認めて欲しい人が、
1枚の写真が、大きく人の心を動かすと、そう言ってくれたので……」

「認めて欲しい人? 仕事の相手か」

「いえ、違います。写真のことなどほとんどわからない人です。
でも、自分の撮りたかったイメージが、その人には伝わったので。だったらと」


大輔は、エントリーするのは、自分への評価ではなく、

写真に映る子供たちの現状を、

一人でも多く知ってもらえたらという気持ちだけだと、そう話す。


「現状か」

「はい。話すことより、自分の表現はやはり写真だと思うので」


大輔は、色々なことを語り、想像してもらうことも大事だけれど、

写真として目の前に出すことで、より、リアルに出来事が伝わっていくことを訴える。


「この子供たちが、夢と希望を持って、毎日頑張っているということを、
自分の写真でもっと知ってもらえたら……日本でも、他の国でも、
子供は未来を信じ見ています。その目を見てもらいたい」


大輔はもう一度、富田に頭を下げる。

富田は『わかった』と小さく頷き、また指を動かした。





「ただいま」

「お疲れ様」


祥太郎は伝票をファイルに入れると、頼まれた布団を車から出し始めた。

それぞれに指定された期日のシールを貼り付ける。


「ねぇ、祥太郎」

「何」

「ずいぶん出来てきたじゃない。お店」


店番として拭き掃除をしていた朋恵は、買い物のついでに見てきたと話した。


「あ……うん。解体して土地をならしているなと思ったら、
骨組みが出来上がってきてるからさ、俺もさっきちょっと見た」


祥太郎は作り始めたらあっという間だと業者に言われていると、嬉しそうに話す。

朋恵はどこか不満そうに、『ふーん』と返事をした。

祥太郎は朋恵の横を通り過ぎると、タイムカードを押す。


「あの子と……結婚するの?」


祥太郎は、朋恵が言う『あの子』とは、

以前、店に顔を出した真帆のことだろうと、そう考えた。


「そうだな、そうなればいいなと、思っているけど」


祥太郎はそう答えると、店の奥にあるロッカーから上着を取り出した。



【39-5】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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