40 二度目の春が来る前に 【40-2】

【40-2】

カレンダーは3月になり、別れと出発の季節を迎えた。

『新町幼稚園』でも卒園式の準備で毎日慌しく、

先生たちは卒園していく子供たちとの思い出話に時折涙ぐむ。


「よし、OK」


そんな春らしき日の1日、祥太郎は車を走らせ真帆のアパートに向かった。

『初旅行』と決めていた日に、美帆が来てキャンセルとなってから、

今日が仕切りなおしになる。


「待ってろ房総」


祥太郎は運転席でそんなことをつぶやきながら、アクセルを踏み込んだ。



祥太郎が、無事に真帆との『仕切りなおし初旅行』に出発した頃、

司は営業部長に呼び出され、近くの喫茶店にいた。

春の人事で主任への昇格が決まっていた司だったが、

一番の取引先が拠点の移動を決めたことで、状況がさらに変わっていく。


「以前、君の上司だった『早乙女』を覚えているだろう」

「はい。入社してからずっとお世話になりましたので」

「うん……実はその早乙女が、神戸で関西支部を任されることになってね。
うちは元々、関西からスタートした企業だけど、今の体制では間に合わなくなると、
上層部が判断した」


司が『アモーラ』に入社したとき、この営業所で一番の成績を上げていたのが、

話に出てきた早乙女だった。業者の気持ちにどう入っていくか、

しつこいのと積極的なのはどう違うのかなど、司は仕事のノウハウを聞いてきた。


「本当は彼ではないものが、最初は支部を仕切ることになっていたのだが、
家族の事情があって、退社をすることになってね。本社としても経験から彼をと、
急に決まった話なんだ。となると、早乙女にも準備や希望がある。
スタートだから、出来る限りと話を聞いた結果、緑川君、君をそばに置きたいと、
そう申し出てきて」

「エ……」

「実際に営業所が立ち上がるのは9月なんだが、何しろ準備がある。
忙しい話で申し訳ないのだが……6月から、神戸へ行ってくれないか」


司は、今の営業部で、春から昇進するだけだと思っていたため、

すぐに返事が出来なかった。『アモーラ』の本社は大阪になっているため、

こういう移動もあるかもしれないと、入社当時から考えていたが、

それが今なのかと思ってしまう。


「本当に、早乙女さんが私だと……」

「あぁ……早乙女からぜひにと。ただ、あいつも突然のことだとわかっているし、
君にも色々と事情があるだろうから、あえて何も言ってきてはいないんだ。
自分が直接、緑川君を口説くのでは、あまりにも強引になるからと」


早乙女は、司が嫌なら無理には言えないと、そう話したという。

司は、確かにと思いながらも、自分を高く評価してくれた元上司に対して、

気持ちに応えたいという思いもあった。

しかし、すぐに文乃の顔が浮かぶ。


「少し、考えさせてください」

「もちろんだ。君の気持ちが乗らないのなら、
うちはこのまま主任のポストを用意するつもりだし、緑川君に任せるよ」


部長は先に店を出て行ったため、テーブルには司一人が残された。

サラリーマンとして働くことを選んだのだから、転勤もやむ終えないし、

世話になり、憧れた人からの推薦だとしたら、

これからの仕事に、いい影響を与えてくれることも間違いない。

しかし、文乃とのことを思うと、司にはすぐに返事が出来なかった。

すれ違いがあり、やっと思いが通じ、まだそれほどの月日が経っていはいない。

あまり強引にならずに、気持ちを寄り添わせていこうとしている今、

仕事を辞め、大輔のいる東京を離れ、文乃を一人神戸へ連れて行くという選択は、

あまりにも自分よりではないかと考える。

それならば自分だけ神戸へ向かい、遠距離恋愛をするべきかもと思うが、

それは自分の心に対して、ウソをつくことだった。

今の司の気持ちとしては、1分、1秒でも離れていたくないと思っている。

司は、残ったコーヒーを飲みながら、どうするのが一番言い方法なのかと、

しばらく考えた。





「そうですか……」

「はい。何か仕事がありましたら、ぜひ」

「いえいえ、こちらの方こそ。白井さんに写真をというのは、
以前から考えていたことですし。年間で契約をしていただけるのなら、
うちとしてもありがたいですから」


大輔は、新しい仕事のオファーを取るため、出版社をめぐっていた。

条件面を出してくれるところもあれば、なんとなくいい話だけをして、

結局、空で返されるところもあった。

中には、『LIFE』との契約がどうしてなくなったのかと、

薄々気付いていることにわざと触れる人もいたが、大輔は冷静に答え出版社を出る。

そろそろ昼の1時という時間になり、大輔は近くの店に入ると、

軽く何か食べることにした。





「うわぁ……見て、見て、綺麗」

「見たいけれど、見たら危ないだろ」

「あ……そうか」


祥太郎と真帆は、最初に泊まる予定だった旅館に向けて、車を走らせていた。

3月に入り、温かい館山では、都心よりもしっかりと『春』の様子が感じられる。

真帆は、穏やかな海をしばらく見た後、隣に座る祥太郎を見る。


「なんとなく、海の香りがするな」

「……うん」


『黒木祥太郎』

大学の先輩、絢の結婚式。

祥太郎がもし、あの結婚式に出ていたら、そして真帆がハンカチを落とさなかったら、

『華楽』を訪れようということにはならなかった。

もし、祥太郎が『華楽』の改築を考えなかったら、

『元信用金庫』という自分の経歴も、距離を近づける理由にはならなかった。

有紗があの時、上司との不倫に気持ちを動かさずにいたら、

自分を誘ってくれた真面目な祥太郎を、好きになっていたかもしれない。



『たら』とか『れば』というのは、

振り返ってもしかたのないことばかりを考えるためにあると、真帆は思っていたが、

たまにはプラスになるのだと、思わず微笑んでしまう。

『出会い方』の幸運に感謝しようと、真帆は笑みを浮かべる。


「うん……」


祥太郎は、ミラー越しに見える真帆の顔が穏やかだだったので、

『何がおかしいの』と運転しながら聞いた。


「ううん……」

「何だよ、今笑っていただろ、教えてよ」

「……教えない」


真帆は持ってきたガイドを見ると、

あと少し先に、新鮮な海鮮丼を食べられるお店があるとそう告げる。

祥太郎は『了解』と言い、さらにスピードを上げた。



【40-3】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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