40 二度目の春が来る前に 【40-3】

【40-3】
「お先に失礼します」


司は仕事を終えると、電車に乗った。

転勤の話を聞き、気持ちが動揺している今日は、仕事が遅くなると理由を付け、

とりあえず文乃と会うことを避けようかとも思ったが、

シフトで動く文乃のことを考えると、毎日同じ時間に体が空くわけではないため、

次に部屋へ行ける日は、数日後になる。

司は駅で降りた後、そのままマンションに向かう。

オートロックのため部屋番号を押すと、インターフォン越しに文乃の声がした。


「俺……」

『はい』


『緑川司』という名前を名乗らなくても、すぐにわかるくらい距離は近くなった。

だからこそ、慎重にもなり怖くもある。

司はあえて階段を上り、ゆっくり気持ちを整えながら文乃の部屋を目指す。

部屋の前に着いた時には、換気扇から温かい料理の匂いがした。

司が来るとわかっている日は、いつもこんな感じだった。

だからこそ、居心地のよさに自然と荷物が増えていき、過ごす時間も増えている。

司は右手でインターフォンを鳴らす。

扉が動き、文乃の姿が見えた。


「寒いでしょ、外」

「……うん」


文乃はそろそかなと思っていたからと、またコンロの火をつけた。

司は部屋に入ると、いつものように上着を脱ぎ、ハンガーにかけていく。

スーツを脱ぐと置いてある部屋着になり、

かいがいしく食事の支度をしてくれる文乃を見た。


「文乃……」

「何?」


文乃はコンロの火を止めると、それぞれのお皿に入れ始めた。

司に向かって、テーブルに台布巾があるから、拭いてくれないかと言う。


「うん……」


せっかく食事を作ってくれていたのだから、先に食べよう。

話しなど今日じゃなくてもいいと思うのに、司は結局、テーブルを拭くことなく、

キッチンに立ってしまう。


「どうしたの」

「ごめん、黙ったまま食事をする気持ちになれなくて」


司の表情に、文乃は用意していた手を止めた。


「話したいことがあるのなら、聞くけれど……」


文乃はそういうと、あらためて司と部屋の方に戻る。


「実は今日、転勤の話をされた」


司は、文乃の表情を見ないまま、全てを語ることにした。

嫌そうな顔をされてしまえば、そこから何も言えなくなる気がして、

6月に神戸へ行ってくれないかと言われたことも、押し出していく。


「神戸?」

「うん……」


司は、入社した時に世話になった人が、神戸の営業所を仕切ることになり、

一緒に仕事をして欲しいと、メンバーにあげてもらったことを話した。

しかし、急に決まった話で、絶対に行かなければならないという状況でもないと、

つい、心の揺れを出してしまう。


「行かなくてもいいということ?」


文乃の言葉に、司は『文乃はどう思うのか』という声が出せなくなる。


「司君は、その転勤を魅力的だと思っているの?」


文乃は、転勤することが司のプラスになるのかどうかと、そう聞いた。

司は『そうだ』と言えなくなる。


「司君のプラスになるのなら、あなたが期待に応えたいと思うのなら、
それを選べばいいと思う」


文乃は黙ったままの司を見る。


「即答は出来なかった。慣れた場所だからさ、大学時代からずっと東京で。
祥太郎や大輔のような仲間もいるし……」


大輔や祥太郎と過ごした日々があるからこそ、今の自分があると、司は思っていた。

文乃はそれはそうだろうなと、小さく頷く。

司は前に座る文乃の表情を初めてしっかりと見た。

文乃は動揺している様子もなく、穏やかな表情がそこにある。

何が起きても代わらないものは、司にとって文乃への愛情と、

大輔と祥太郎との友情だった。

それさえあれば、あとのことはどうにでもなるとそう考える。


「文乃……」

「はい」

「……『神戸』に、着いてきて欲しい」


司は覚悟を決めてそう言いきった。

絶対に失いたくないものだからこそ、ハッキリと伝えたかった。

距離を近づけてから日が浅いことも承知していたが、決して勢いではない。

文乃は、黙ったまま前に座る司の両手を握る。


「……はい」


文乃の声に、司は『本当に』と驚く顔をする。


「よかった。今の表情を見ていたら、また遠慮でもされるのかなと、
ちょっと今、不安になったの。一緒に行きます。
私にとって、今一番無くしたくないものは、あなただから」


文乃はどんな形でもいいから着いていくと、司の顔を見る。

司は文乃を引き寄せ、しっかりと抱きしめた。そして大きく息を吐く。


「やだ……どうしたの」

「いや……緊張した」


文乃は、司の思いに触れ、逃げ続けなくてよかったとそう思った。

温かいものを作ったのだから、一緒に食べようと司に声をかける。

司は『うん』と答えを返した。



【40-4】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
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