41 隣に立つ人 【41-5】

【41-5】

「はい」

「ありがとう」


最後まで店に残った真帆は、祥太郎と細かい部分の片づけを終えると、

カウンターに座った。祥太郎はエプロンを外す。


「ねぇ……」

「何?」

「みんなと出会って、1年だね」


真帆はそういうと、カレンダーの数字を指差した。

去年の春、6人のうち5人が同じ結婚式に出席した。

祥太郎が体調不良で欠席したことから、偶然の縁が糸でつながり出し、

それまで話したこともなかった人たちと、新しい輪が出来た。


「山吹さん、就職決めたの?」

「いくつか候補はあるらしいけれど、焦らないってそう言っていた」

「そうか」


真帆は、美帆から渡されたものがあると、祥太郎の前に靴の箱を置く。


「何、これ」

「美帆が、新しいお店が出来たら、祥太郎さんに履いて欲しいって」


それは祥太郎が気に入っているメーカーのスニーカーだった。

美帆は、真帆から情報を聞き出し、プレゼントしてくれたのだと言う。


「祥太郎さんのおかげで、美帆ともうまくやれているの、近頃」

「俺のおかげ?」

「そう……」


祥太郎は靴の箱を開けて見る。

確かに、祥太郎がいつも好むメーカーのものだった。


「二人で悪口、言っているんだろう、また」

「言ってませんよ」

「どうかな……」


祥太郎は、生意気な口を聞きながらも、

最後は姉の真帆を頼ってきた美帆のことを考える。


「姉妹はいいな。俺は一人っ子だから、子供は兄弟を作ってやりたいね……」


祥太郎はそういうと、空になったケースを店の裏へと運び出した。

真帆はすぐに祥太郎を見る。そのとき店の扉がパタンとしまった。

真帆は、祥太郎の言葉を頭の中で繰り返していく。

『子供』というキーワードに、耳や顔が赤くなる気がして、

すぐにコップを持つと冷水機で水を入れ、何口か飲んだ。





季節は6月。


「色々と、お世話になりました」


緑川の名字を名乗ることになった文乃は、司と一緒に神戸に旅立つことになり、

『アプリコット』を退職することになった。

金田ハルは、入居者を代表して、文乃に花束を渡してくれる。


「ハルさん」

「白井さんが幸せになるのだから、嬉しいのにね。
やっぱり寂しい方が強いかもしれない」


ハルの言葉を聞き、文乃の口から『ありがとうございます』の言葉が出なくなる。

思いがけない出来事から、逃げるように入った場所だったが、振り返ってみると、

充実した日々だったと、文乃は思いを巡らせる。

『ありがとうございました』の言葉を言えたのは、それからしばらく経ってからだった。

そして、もらった花を文乃は写真に撮り、思い出として残すことに決めた。

これからどんな仕事をしても、どこにいても、重ねた日々を忘れないように。


「文乃……」

「はい」


一人暮らしを始めた部屋の鍵を閉め、二人は夫婦として1歩を踏み出した。



同じ頃、大輔は企業の広報誌を1冊引き受け、2週間ほど北海道に撮影旅行をしていた。

陽菜の元には、綺麗な北海道の自然を写した写真が、毎日のように届く。

陽菜は、園児たちに自然の素晴らしさを見てもらおうと、それをプリントした後、

アルバムに挟む。


「綺麗だね、先生」

「そうでしょう。北海道は広いんだよ」


子供たちは興味深そうに写真をのぞきこむ。

まっすぐな道に、夕焼けが落ちていく写真を見ていると、

今すぐにでもその場所に行ってみたくなった。


「はい、みんな。そろそろ朝の会を始めるからね」


陽菜の合図に、『れんげ』組の子供たちが、『はい』としっかり返事をした。





そして7月、『新町幼稚園』では、夏のお泊り会で花火の花が綺麗に咲き、

焦りはしないと言っていた有紗も、新しい仕事先を決め、一歩を踏み出した。

『リファーレ』ほど大手ではないが、業績は安定している企業で、

有紗の経験を買っての途中入社になる。

営業事務として入ったが、取引先との交渉時には、

ついてきて欲しいと頼まれることもあり、すぐに仕事に慣れたと、

陽菜や真帆には連絡が入った。


「中華丼、持っていって」

「はい」


8月。大きな業務用の冷房が、大きな音を立てていた『華楽』も、

新しい機械に代わり、お店全体をコントロールできるようになった。

祥太郎は、厨房に向かって吹いてくる風が気持ちがいいのだと、よく真帆に語る。


「餃子3人前」

「はい」


祥太郎は店を出て行くお客様に向かって、『ありがとうございました』と声を出した。



【41-6】

それぞれの恋の色を塗っていくと、そこに見える『Color』は……
みなさんのコメント、拍手、ポチなど、お待ちしてます。

コメント

非公開コメント