1 玉子さんの恋 【1-2】

「お茶を持ってきてくれるかい」

「はいはい」


玉子がノドが乾いたといったので、あずさは車椅子をテーブルの横に固定する。


「お茶? いいわよ、あずさちゃん。私が持ってくる」

「すみません」


玉子の面倒をいつも見ている塚田は、あずさの動きを止めると、

自らお茶を取りに向かった。


「あずさ……お茶は?」

「うん、今、塚田さんが持ってきてくれるよ」

「そう……」


『宮崎家』では、4代続けて『娘』が生まれている。

ここにいる『玉子』。そして『夏子』、その娘の『美佐』と『聖美』。

さらに美佐の娘『あずさ』。

店はなくなってしまい、特に何か継ぐ財産があるわけではないのに、

女性陣は男性の心をひきつけるのがうまいのか、

父も祖父も『宮崎家』に婿として入ってくれた。

あずさにとってみると、『おばあちゃん』が二人いることになるため、

混ざらないよう玉子さん、夏子さんと呼び分けている。



『橙(だいだい)の家』

それは、玉子がお世話になっている『ホーム』の名前で、

この施設自体は6年前に作られた。

実は、話しの中に出ていた、相原家の経営するものになっている。


玉子の、青春時代を彩った淡い恋のお相手、『相原庄吉』は、

全国を回り、景色や環境を調べ、気に入った場所に『ホーム』を作っている。



『BEANS』



相原庄吉が大きくした、会社の名前。

主な事業は、もちろんホテル建設、分譲マンション建設であり、

世の中からは『ゼネコン』と呼ばれる総合建設業だ。

さらに、そこから事業を拡大し、10年ほど前からは介護部門に力を注ぎ、

今では、こちら『豆風家』も、全国的に名の知れた企業となった。


「遅いなぁ、塚田さん」


お茶を取りに行った塚田が、なかなか戻らないので、

あずさは、背伸びをしながら、キッチンの様子を見た。

中の様子を見ようと多少無理をしたからか、左足だけに体重がかかり、

少しバランスを崩しそうになる。


「あ……すみません」

「いえ」


視線はまっすぐ前しか見ていなかったため、

あずさは、あやうく別の男性にぶつかりそうになる。

頭を下げて、振り返ってみると、そこには見知らぬ男の人がいた。

杖をついて歩いているが、背筋も伸びていて、足取りもしっかりしている。

どこか品を感じる男性。あずさは、こんな人がこの施設にいただろうかと考えた。


「ごめん、ごめん、あずさちゃん、はい……」

「あ、よかった。塚田さん、忘れちゃったのかと」

「やだ、そんなこと忘れないわよ」


あずさが、お茶を取ってくれた塚田と、玉子のところに戻る。


「玉子さん……」


塚田の声に、玉子は振り向かず首をかしげている。

あずさは、玉子の顔を覗き込んだ。


「塚田さん、寝ちゃってます」

「そうみたいね」


あずさは、玉子が幸せそうな寝顔をしているので、起こすのも悪いと思い、

塚田から受け取ったお茶を、テーブルに乗せた。


「で、どうしたのよ、今日は」

「うん……」


塚田は、あらためてそう尋ねる。


「実は私、『東京』へ行ってくれって、会社から言われたんです」

「エ……東京?」


あずさは、地元の短大を卒業したあと、『スポーツジム』を展開する企業、

『アカデミックスポーツ』に就職を決めた。

元々、子供も好きだったし、人と接することも好きだったので、

受け付け事務という仕事に不満は何一つなく、勤務5年目を迎える。


「そうなんです」


あずさは、入社して5年、ある程度仕事を任される立場になっていたところ、

急な本部転勤を言い渡されたと、塚田に語り続ける。


「『本部転勤』。うわぁ、それは期待されているのよ、きっと、あずさちゃんが」


あずさの複雑な事情を知らない塚田は、『東京なんてすごいわね』と、

すっかりプラス要素に捉えている。


「まぁ、あの……えっと……そんないい話しではなくて」


営業職なら、成績で抜擢もあるだろうがと、あずさはため息をつく。


「『東京行き』も、希望として出していたわけではないので」

「あら、それならなぜかしらね」


塚田の切り返しに、あずさは少しだけ下を向く。


「希望していないのに、『東京』へ行けって……ねぇ」


あずさには『もしかしたら』と思えることが、ひとつだけあった。

しかし、これだと決め付けるには、あまりにも大人気ない理由だと思い、

塚田には語れずにいる。


「東京かぁ……そうしたら頻繁にはここに来られなくなるわね」

「はい」


あずさは、友達が住んでいるので何度か『東京』に行ったことがあるが、

ゴミゴミしていたと感想を口にする。


「やだ、あずさちゃん、ゴミゴミって……」


塚田は、あずさの『東京論』を聞きながら、楽しそうに笑い出した。

話に登場したあずさの高校の同級生『鈴木杏奈』は、

とにかく東京に行きたいという理由で、短大を選び、

そのまま業務用の冷蔵庫などを造っている『ツネザワ』という会社に、就職を決めた。

今ではすっかり馴染んでいると、電話で話をしてくれる。


「でも、辞めて再就職なんていっても、それこそこの辺にはないもんね。
うちならいつでもあずさちゃん、受け入れOKなんだけど」


塚田は、あずさちゃんならいい介護担当になれるわよと、そう言って笑った。


「ありがとうございます。でも、勤務先が変わるからって、
自分から逃げたような選択をするのは嫌なので、とりあえず本部に行ってみます」

「うん」

「私を必要としてくれるのだから、そこで精一杯頑張ってみようと思って」


あずさは、偏見だけで凝り固まるのは辞めようと決め、飛び込む決意を固めた。

見ていない場所やものを予想しても、その通りかどうかはわからない。


「前向きね、あずさちゃんは」

「うーん……多少ヤケもあるかもしれませんけど」


塚田の言葉に、あずさは舌を軽く出し笑って見せた。



【1-3】



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