1 玉子さんの恋 【1-5】

『宮崎あずさ 東京本部勤務を命ずる』



そして、東京勤務を告げられてから、2週間後。カレンダーは9月を迎えた。

週末のお休みが終わった月曜日。

あずさは小さなリュックを背負い、地元を旅立った。

特急電車に乗り、心地よい揺れに身を任せていると、すっかり眠ってしまう。

人のざわつく気配で目覚め、なんとか乗り換え場所を間違えずに進むと、

目的の駅へ到着した。


『東京』。ここは誰もが知っている日本の中心。

しかも、今あずさが立っているこの場所は、東京の中でも23区『東青山』駅前だった。

ホームに降り、階段を使うと改札を出る。

右と左、その町並みは、全く違うものだった。


「はぁ……夏子さんのこの地図、信じられないくらい適当」


右を見ると、おしゃれなコーヒーショップを始めとして、

休みともなれば、女性たちがたくさんあつまりそうな、店がずらりと並んでいる。

そして、反対側に広がるのは、夜になると鳥がたくさんあつまりそうな大きな森だった。


「この地図にあるのって、絶対にこっちの森だよね」


あずさは、夏子がくれた地図をもう一度しっかりと見る。

この森の中を歩くと、近道のように書いてあるが、それは無理だろうと考える。

田舎育ちの人間は、道が整備されていなくても、近道となれば平気で進むが、

ここは『東京』。やたらな歩き方をすると、不法侵入にでもなりかねない。

あずさは、ここはプロに頼るべきだろうと、

目の前にある交番で若い男性警官に声をかけた。


「すみません、お忙しいところ」

「はい」

「あの……この住所へ行きたいのですが、どう歩いたらいいでしょうか」


あずさは、夏子が描いた地図を、警官の前に出す。


「どこですか」


警官は、あずさの顔を一度見たあと納得したのか頷き、目の前の森を指し示した。


「この住所は『BEANS』の『相原社長』のお宅ですね。
この横断歩道を渡り、道をまっすぐに入ってください」

「道?」


あずさは、そう言われて前を見たが、横断歩道の向こうは、『森』しか見えない。


「道ってどこですか」

「だから、その横断歩道を渡って、そのまままっすぐです」


男性警官は、自分の出した左手を、さらに前へ押し出すようにする。

とにかく『まっすぐ』という気持ちは伝わってくるが、

あずさの目の前には森しか見えない。


「まっすぐ」

「はい、まっすぐに入れますよ」


あずさは、そうですかと言いながら、地図をポケットに戻した。

自分の言いたかったことが伝わっていないのかもしれないと、首をかしげる。


「あの……まっすぐ前に見えるのは森ですよね。公園か何かなのかな?
その中を進んでしまっていいのですか」

「森?」


警官は一瞬驚いたような顔をした後、大きな声で笑い出した。

しかし、あずさの表情を見ると、すぐに笑ってはまずいと思ったのか後ろを向く。

でも、口元のゆるみは、なかなか収まらず、

無理に抑えようとするから、プルプル背中が震え出す。

あずさは、それだけおかしなことを言っただろうかと思いながら、

警官の立ち直るのを待った。


「すみません、笑ってしまって。そうですよね、そう見えますよね、
でも、ここは森ではないのですよ。こちらは『相原家』の玄関に続く、まぁ、庭です」

「庭?」

「はい」


あずさはあらためて目の前に広がる『森』を見た。

庭というものは、犬小屋を置いたり、そう、ちょっとした花を植えたり、

するくらいではないだろうかと考え始める。

確かに田舎では、『家庭菜園』などをする人たちもいるが、

それにしても『森』が庭だと言う人は、田舎でもお目にかかったことがない。


「まぁ、みなさん初めて訪れたら、驚きますよね。
でも、本当にあの『森』のようなもの全てが、いや、それからもう少し奥の土地も、
ここら辺一体が、すべて『相原家』のものです」

「相原家のもの?」

「はい、そうですよ。都内でどこの場所からタクシーに乗っても、
おそらく『BEANS』の相原家と言えば、間違いなく連れてきてもらえます」

「はぁ……」


あずさは、玉子の思い出話から、

現実はとんでもないことになってしまったと、そう思った。

『相原庄吉』が大手の建設会社の会長だということは、思い出話の中で聞いたし、

実際に庄吉に会い、あの品のあるたたずまいと、施設の方たちの態度を見ても、

財力のある人なのだということは、わかった。

しかし、『相原家』が『森を庭に持つ』人たちだとは、何も聞いていない。





『BEANS』

あずさは、大きい会社としか考えず、正確に調べもしなかった自分が悪いと考え、

慌ててその場でスマートフォンを出すと、『BEANS』のホームページを開く。

そして、相原家という『家』の大きさを確認した。

『BEANS』は、国内でも相当大きな企業のようで、

資本金も、従業員数も、指でも折らないと、桁を間違えそうなくらいだった。


「すごいですね、相原さんって……」

「はい、すごい方です」


あずさは、教えてくれた警官に頭を下げ、歩道橋を渡り、スマホの画面を見ながら、

指示されたとおり森の中を進んでいく。

あずさは、どこか納得のいかないままだったが、とにかく足を進めた。

目の前に家があると言われても、玄関にたどり着くまでが長くて、

ひと駅分歩いた気がしてしまう。


「はぁ……」


地元では、しばらく自転車ばかりに頼っていたため、

目的地が見えない道を歩くのは、思っているよりもきつかった。

正面に家と、これが庭でしょうと言えるような花壇が見え、あずさは一度深呼吸をする。

思えば、駅自体も少し小高い場所にあった。

そして交番を離れてからも、なだらかではあるが、上りが続いている。

あずさは、おそらく見えるはずの景色に向かって振り返った。


「うわぁ……」


森の木々の隙間から、目線の下におしゃれな街並みが見えた。

日曜になったら、ハミングしながら歩けそうな場所がそこにある。

あずさの後ろで扉の開く音がしたため、再び前を向いてみる。



『あずさ……今、音、ずれたぞ』



「今、会社に向かうから、少し待たせてくれ。そうだ、頼む……」


スーツの上着を片手に持ち、通り過ぎた男は、ちらっと横目であずさを見たが、

特に挨拶するわけでもなく、目の前の車に乗り込んだ。




【ももんたのひとりごと】

『昭和16年』

玉子と庄吉が出会った昭和16年は、お米屋さんの自由販売禁止や、
色々なものの配給制が始まりました。12月には『真珠湾攻撃』があり、
太平洋戦争に突入した年にもなります。
玉子と庄吉はこのお話しにとって、とっても重要な二人になるため、
現在までの年表を作り、年齢を逆算するのが少し大変でした。




【2-1】



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