2 未完成の約束 【2-2】

「あの……それは今、出て行った方ですか」

「今……ですか?」

「はい。スーツをこう……」


あずさは、上着を手にかけ、携帯で話しながら出て行った人がいたと、滝枝に訴える。


「あぁ、はい。それは長男の岳さんですね」

「長男」

「はい。相原岳さん。敦さんと同じく『BEANS』で仕事をされている、
長男の岳さんだと思いますよ」

「そうですか」


あずさは、岳という名前を聞き、わかっていたことだけれど、少しだけ肩を落とした。

『織田祐』という人物はもういないのに、

一瞬見かけた表情があまりにも似ていて、急に鼓動が速まったからだ。


「岳さんに、会われたのですか」

「会ったというか、通り過ぎたというか」

「そうですか。お仕事のことになると、
近寄れないくらい張り詰めてしまう方ですからね」


滝枝はお部屋に案内しますとそういうと、さらに扉を開けた。

あずさの足は、またその場所で止まってしまう。

昔、子供の頃、泣いてねだって母の美佐に買ってもらった『ドールハウス』。

お金持ちのお嬢さんが、おしゃれな服を着て、降りてきそうな螺旋階段がそこにあった。


「すごいですね、こんな階段、私、人の家にあるのを初めて見ました」

「そうですか。相原家は洋風のお部屋と、和風のお部屋と、両方を持っていますので」


滝枝は、『BEANS』が不動産業を営み、建設関係の仕事を広げてきた中で、

自分たちの家も、色々と変化させてきたとそう説明した。

玄関に通じている洋館の方が古く、奥の方が新しいのだと教えてくれる。

あずさは奥を示した滝枝の指の先を見た。確かにリビングを挟んだ向こう側は、

廊下のつくりや扉の色使いもこちら側とは違って見える。


「さぁ、どうぞ」

「はい」


あずさは滝枝の後ろに続き、螺旋階段を昇った後、たどり着いた部屋の前に立つ。


「どうそ、今日からここが、あずささんのお部屋です」


滝枝の左手によって開かれた扉の向こうには、

刺繍のされたカバーがかかったベッドがあり、

その横には勉強や作業の出来るテーブルとライトがあった。

あずさはそのまままっすぐに奥まで入り、壁一面に広がっている扉を開く。

洋服と一緒に、自分もゆっくり眠れそうなくらいの収納スペースがあり、

テレビまで揃っている。

あずさは、洋服以外何もいらないと言われ、そのまま来てしまったが、

確かにこれならば必要なかったと納得する。


「こちらのカーテンを開けますと、素敵な町並みが見えますので」

「はい」


あずさは、驚くくらいの好待遇に、嬉しくなるどころか、気持ちが沈み始めた。

どう考えても、ここに自分が『無条件』で住めるはずがないと思ってしまう。


「あの、滝枝さん」

「はい」

「私、これから毎日、何をすればいいでしょうか」


あずさは、自分も仕事をするので、色々と教えて欲しいと頭を下げる。


「どうされたのですか」

「いえ、こんなところに、『はい、そうですね』と暮らせません。
だからといって、すぐに住む場所も見つけられませんし、とにかく」

「大丈夫ですよ、何も気になさらずに」


滝枝は、会長である庄吉から、くれぐれもとあずさのことを頼まれたと話してくれる。


「会長にとって、どんな方よりも大切なお客様だからと、滝枝は申しつかっております。
どうぞ、あずささんは家のことなど気にせずに、ご自分のお仕事をなさってください」


滝枝はそういうと、社長たちが戻るまでゆっくりしてくださいと、

部屋を出て行ってしまう。

扉の閉まる音がして、あずさは力が抜けたように、ベッドに腰掛けた。

部屋の広さは、12畳くらいの気がしたが、

収納が大きいためそれ以上に見える。実家の宮崎家は、居間の広さが10畳だった。

あずさはもちろん、母の美佐と父親。そして祖母になる夏子。

4人がコタツに入ってテレビを見る空間より広い場所に、

あずさは今、たったひとりになる。しかも、『家賃も食費も払わない』という条件。


「まずいでしょ、これ」


大きいとは聞いていたし、お金持ちだとも聞いていた。

しかし、螺旋階段に広い洋間。奥まで見渡せないくらいの建物と土地。

相原家がここまでだとは、全く考えていなかったため、現実を受け止めきれず、

この先、どうにかしないとという焦りだけがわき上がってくる。

あずさはスマホを取り出すと、

東京に就職した友人『鈴木杏奈』にメッセージを入れる。



『杏奈。大変なの、なんとか部屋を見つけるから、しばらく居候出来ない?』



あずさは素早くボタンを押すと、もう一度部屋の右と左を確認し、大きく息を吐いた。





あずさが到着してから1時間後、浩美の運転する車が戻ってきた。

助手席に座っている東子(とうこ)は、どこかふてくされた状態で、

停車と同時に外へ出てしまう。浩美は、東子の後姿を見ながら、軽くため息をついた。


「お帰りなさい、東子さん」

「滝枝」

「はい」

「今日は夕食まで何もいらないから。私は部屋にこもる」


東子はそういうと靴を脱ぎ、それをしまう。

少し遅れて浩美が入ってきた。


「奥様、会長のお客様がお見えになりましたが」


滝枝は、1時間ほど前にあずさが到着し、すでにお部屋へ案内したとそう言った。

自分の部屋に行こうとした東子の足が止まる。


「おじいさまのお客様って、うちに居候するっていう?」

「はい……宮崎あずささんです」


東子は、まだ見ていないあずさに興味を示し、

滝枝に『こもるのは辞めて、お茶を飲むから』と言い、部屋に向かっていく。

浩美はそんな東子の後姿を見る。


「全く……先生に怒られてしまったわ。東子が部活に出ないことも多いらしくて」

「あら、そうだったのですか。でも、毎朝」

「でしょ。学校には早く行っているの。
でも部活ではなくて、なんだかっていうタレントの追っかけをしようって、
友達たちと話しているらしくて」

「追っかけ……ですか」

「何を考えているのか」


浩美はそういうと、2階の端にある部屋を見る。


「滝枝……」

「はい」

「岳は何か言わなかった? あの部屋のこと」


浩美はそういうと滝枝を見る。


「いえ……今日からお客様が使いますと、旦那様が話されたとおりにお伝えしました。
先ほど、取引先から一度お戻りになったので、再度お伝えしましたが、何も……」

「そう……」


浩美は、それならお茶の準備をして欲しいと滝枝に頼むと、一度部屋の奥に入った。



【2-3】



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