3 永遠の女神 【3-5】

「あずささん、今お聞きの通り、小野がもうすぐここへ来ます。
そうしたらお友達の家まで送りましょう。それならどうかな?」

「送る? いえ、とんでもないです。私は……」


あずさが調べた杏奈の家は、東京の『西日暮里』だった。

『横浜』から『西日暮里』。どうやって行くのかまだわからないけれど、

スマートフォンさえあれば、なんとかなるはずだと、庄吉に話す。


「遠慮などしなくていいのですよ。小野は元々、用事があってここへ来ますし。
『西日暮里』なら余計に都合がいい。『BEANS』にも、それほど遠くないですし」

「いえ、本当に……」


あずさは、そう言ってなんどか断ろうとしたが、

部屋をノックする音が聞こえたため、一度会話が止まった。

庄吉の返事に扉が開き、目の前にとっても美味しそうな料理が運び込まれてきた。

あずさが知っている、ファストフードの店や、ファミリーレストランよりも、

上だろうと思えるくらいの献立が、

ソファーの横にあるテーブルにセッティングされ始める。


「小野が来るまで、一緒に食べましょう。ぜひ、お付き合いしてください」


庄吉の物腰の柔らかさがあるからだろうか、

あずさに予定も聞かず、決めてしまうという行為は強引なはずなのに、

それでも紳士的だとしか思えなくなってしまう。

ランチの全容がわかり、美味しそうなにおいもそこにプラスされ、

結局、あずさは昼食をごちそうになることになった。



白身魚のフライには、存在感のある具材が入ったタルタルソールがかかっていた。

ナイフで切ったその身は、柔らかくそれでいてしっかりとした弾力も持っている。

透明感の高いコンソメスープは、見た目よりも濃厚な味がした。


「美味しいです」

「そうですか」


あずさは、今時の『老人ホーム』は、贅沢な食事が出るのだなと、

そう思いながらナイフを使う。


「あずささん」

「はい」

「孫たちとは、何か話しをしましたか」


それは庄吉からの、突然の質問だった。

あずさは予想外の問いかけに、一瞬答えが遅れてしまう。


「あ、はい。東子ちゃんとはオセロをしました。岳さんと敦さんとは……」


あずさの脳裏に、昨夜、ベッドにもぐりこんだ岳のことが思い出されるが、

ここで話すことではないだろうと、判断する。


「岳さんと敦さんとは、今朝、挨拶をして……。まだ、それほどお話しは……」


庄吉は、そうですかと真顔で答える。


「昨日の今日なので……まだ、あまり」


あずさは、これから話す機会はあるだろうけれどと言いながら、

魚のフライにナイフを入れる。


「あずささんは、おいくつでしたっけ」

「25になりました」

「そうですか……うちの孫たちは岳が30、敦が24になりますから、
まぁ、年齢も近いですし、話しが合うといいですが」


庄吉は、一番下の東子は、結構社交的なのでと笑顔を見せる。


「岳も敦も、私には『耐えている』ようにしか見えなくてね」



『耐えている』



あずさは、自分が見た光景と、『耐えている』という言葉が全く結びつかず、

どう答えたらいいのか、迷ってしまう。


「耐えるとは、どういうことですか」


一瞬、聞くべきかどうか迷ったが、きっかけを作ってきたのは庄吉だったため、

あずさはその言葉に乗ることにする。


「実は、岳と敦と東子は、それぞれいきさつがありましてね。
岳の母親は、岳が5歳の時に亡くなりました。元々、体の強くない女性でしたが、
結婚して岳を産み、それから数年後、妹を出産しました。
亡くなったのは、その産後がよくなくてのことでしたが」


庄吉は、武彦とはとても仲のいい夫婦になりましたがと、付け加える。


「その妹も、結局……誕生日を迎えずに亡くなってしまいました」


あずさは、庄吉の話に、初めてあの場所にいない人のことを知る。

5歳で母を亡くし、そしてその後、残された妹も亡くなったのだと思うと、

知らない間柄とはいえ、胸がグッと強くつかまれる気がしてしまう。


「その後、岳が中学に入った頃、今の浩美が嫁に来たのです。
実は敦は、その浩美が連れてきた子で、岳と敦には血のつながりがない。
一番下の東子は、武彦と浩美の娘なので、『兄二人』と、うまく関わってくれていますが、
そんな気遣いをわかっているからなのか、敦は昔からとにかく我慢をする子で、
わがままなど、一度も言ったことがないんです」


庄吉の話に、あずさは敦のことを思い浮かべた。

まだ、それほど話しをしたわけではないが、確かに、朝食でのシーンでも、

『アカデミックスポーツ』に対するコメントは、岳の方がきつく、

敦の方が確かに押さえ気味だった。


「しかし、岳は岳で、自分だけが今の家族と離れているという気持ちがあるのか、
どこか冷めていてね。『諦め』という言葉を体に背負って、生きている気がするのです」


庄吉は、それぞれを見ていると、自分の昔を思い出すと悲しそうな顔をする。


「血のつながりがないとはいえ、幼い頃からうちに来ましたから。
私は敦も本当の孫だと思っているんです。だからもっと自分を出して欲しいのに、
なかなかそれが出来ない。いつも岳を気にして、岳を前に出そうとする。
それがかわいそうでね……」


庄吉はそういうと、『ふぅ』と息を吐く。

横浜の海を、ゆっくり船が進む中、部屋をノックする音が聞こえた。

ゆっくりと扉が開き、一人の男性が姿を見せる。


「おぉ、小野」


小野と呼ばれた男性は、庄吉に向かって頭を下げた。

そしてあずさと座るソファーに近付いてくる。


「遅くなりました、会長。途中で岳さんから連絡が入りましたよ。
何か私に、頼み事があるとか」

「あぁ……」

「それならば、今朝の会議前に、そう言ってくだされば、
もう少し早くここへ参りましたのに」


小野は、テーブルの上に資料を置くと、笑顔を見せた。


「いやいや、年寄りを焦らせるのはよくないだろう」


庄吉は、現在も『BEANS』の会長を勤めているので、

テレビ電話を使って、時々会議にも参加する。

あずさはその場で立ち上がり、『宮崎あずさ』ですとあらためて挨拶をする。


「はい……先日、『橙の家』で」

「はい」


小野は、自分は庄吉の『運転手』であり、『連絡便』ですからと笑う。


「そうだな。小野がいてくれるから、これだけ意見も出せるし、
言葉もつかえる。彼は私の右腕です」


現在『BEANS』の社長は、武彦が勤めている。

小野は、すでに退職した年齢だけれど、庄吉につくということで、

社内に残っているということを、あずさはあらためて知った。

庄吉は、テーブルからなにやら封筒を取り出すと、小野に渡す。


「これを岳に戻してくれ。武彦に渡るように話をしてある」

「はい」


小野は封筒を持っていたバッグに入れた。


「それと、こちらにいるあずささんを、西日暮里のお友達の家へ送り届けてくれ」

「西日暮里ですか」

「あ……えっと……はい」


あずさが、ご迷惑をおかけしますと頭を下げると、

小野は任せてくださいと、軽く胸を張って笑った。

何もかも受け入れるのはずうずうしいから、断るつもりだったのに、

出来上がった状態を目の前で見せられたあずさは、

結局、提案を受け入れることしか出来なかった。




【ももんたのひとりごと】

『横浜』

仕事を引退した、紳士の庄吉が住むホーム『青の家』の場所は、
おしゃれな街にしたくて、『横浜』を選びました。
海もあるし、歴史があるような町並みもあるし、近代的なビルもある。
新しいと古いが混じる小高い場所に『青の家』があり、
色々な面を見ることが出来たらいいだろうなと思いつつ、書いてます。




【4-1】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント