4 最後のぬくもり 【4-1】

『BEANS』の本社ビル。

全てが『BEANS』と、その系列会社『豆風家』に関するフロアとなっている。

岳が勤務する『経営企画』は6階から9階に集中していたが、

次男の敦は、5階にある『賃貸部門』の中にいた。

管理しているビルのリストをもらい、更新などのチェックをする。

この部門の社員は、営業部員のように外回りが多いため、

いつも本社に残るのは数人だった。

敦は、部屋の扉をノックする音を聞き、顔をあげる。

そこに立っていたのは、『川井千晴(ちはる)』だったため、

敦は、特に何も言うことなく、また仕事に視線を戻す。


「敦、無視ってどういうこと?」

「別に無視しているわけではないよ。用があるのなら、入ればいいからさ」


千晴の父と、敦の母浩美は兄妹のため、敦と千晴は従兄弟ということになる。

年齢は敦よりも2つ上の26歳で、

昔から、モデルになりたいという夢を持ち、学生時代から芸能活動をしていたが、

結局伸びず、親戚というつながりを利用し、『BEANS』に就職した。


「それなら、仕事の邪魔をしないように聞くわ」


千晴はそういうと、空いている敦の横に座る。


「ねぇ、会長の推しって、どんな子?」


千晴の知りたいのはあずさのことだった。

『BEANS』の会長である庄吉が、自ら家に呼び込んだという情報を聞き、

これは無視できないと考えたのだ。


「ねぇ……」

「どうって、昨日の今日だからよくわからないよ。別におかしな人ではないだろうし」

「そんなことを聞いていないでしょ。もしかしたら、
昔の淡い恋を代理でかなえようとか、
バカみたいなことを、考えているのではないかと思ってみたりしたの」


千晴は、岳の相手として送り込まれたのだろうかと、口にする。

敦は、それならそれでいいよと、冷たく言い返す。


「敦、あんたいつまでそんな物分りのいい、損な役を引き受けているの?
もっと目覚めなさいよ。たとえ会長がそんな夢物語を見ていても、
あの男が乗るわけないでしょう。岳なんて、自分の地位を利用して、
まぁ、好き勝手に遊んでいるのだから」


千晴は空席のデスクに置いてあった付箋紙を数枚取ると、敦が見ていた書類の上に貼る。


「ちょっと」

「ここまで見ていますって印」


千晴は、明らかに嫌そうな顔をしている敦を見る。


「岳に声をかけられた女の子たちは、
もしかしたら、現世のプリンスとの結婚が出来るかもと、浮かれるわけ。
だからといって、そんなふうにすぐ釣られる女には、あいつは本音なんて見せない」


千晴は『腹が立つくらい』だと、足を組む。


「千晴さん、そういうくだらない話なら、出て行ってくれないかな」

「ねぇ、一生、こうして下働きするつもり?」


千晴は、東子もいるのだから、どうにだってなるのにと敦の顔を見る。


「その居候さん、いい子なら狙ってみたら? 敦の立場なら話しは別よ。
会長のお気に入りなら、そこから運が開けるかもしれないし」


敦はその場で立ち上がると、テーブルに両手をつく。

敦の心の中をあらわすような大きな音がしたため、

千晴は『おっかない』と言い、席を立つ。


「知らないからね、あいつに一生こき使われることになっても」


千晴はそういうと、笑いながら部屋を出て行く。

敦は離れていく千晴を見ることなく、また仕事を再開した。





「それでは参りましょうか」

「はい……」


小野が庄吉のそばに来てから30分後、あずさは『青の家』を出ることになった。

あずさは、改めて庄吉に礼をする。


「本当にすみません、食事だの車だの、ご好意に甘えっぱなしで」

「いいのですよ。こうしたいと思っていた私の願いが、やっと叶いました。
玉子さんには、返し切れない恩がありますから」


庄吉は、また時間があるときに、いつでも来てくださいと笑顔を見せて、

エレベーターの前まであずさを見送った。

あずさは、小野とエレベーターに乗り、玄関まで戻る。

駐車場には、1台だけ明らかに特別だと思える車が止まっていた。


「小野さん、もしかしたら、これに乗るのですか?」

「はい、会長のお車を使います」


小野は、会長が移動をするときに、いつも使っているものだと軽く言うと、

少しついているほこりらしきものを、毛ばたきで払っていく。

いかにも地位がありそうな人が乗るように思える、黒の重厚な車は、

この間、あずさが『橙の家』で見た車と一緒だった。

『BEANS』会長、相原庄吉が普段利用する車の登場に、

あずさは、こんな田舎育ちの、しかも『BEANS』に何ひとつ関係のない自分が、

乗っていいものだとは思えず、車のドアから中に入ることが出来なくなる。


「小野さん、これは気が引けます。私、電車で行きますので」

「電車で? お車は嫌いですか?」

「いえ、嫌いだと言うのではなくて……」


あずさは、嫌いだと言うのではなくて、『高級車』に乗る理由が見つからないと、

思うままに語った。努力をしていない自分が、甘えきっている人間に思えてきて、

なぜだか心がチクチクする。そんな複雑な感情をあずさが小野に語ると、

楽しそうに笑顔で頷いてくれた。


「あずささん」

「はい」

「あなたに、そのお気持ちがあれば、乗っていただいても平気ですよ。
会長にとっては、あずささんとお話することで、玉子さんとの日々を、
思い出すのでしょう」

「そうだとしても……」


あずさは、本当にそれでいいのだろうかと、小野を見た。

あずさが玉子のひ孫であるのは間違いないが、玉子自身ではない。


「会長が、何度も玉子さんの言葉や行動に励まされたそのお返しを、
一生懸命されているのだと、私は思います。
どうか、今日は会長のお気持ちを察していただいて、お乗りください」


小野は、会長の気持ちをと、さらに後押ししてくれる。

『青の家』の駐車場に、また1台、別の車が入ってきた。

あずさは、ここで小野と言いあいをしているのは、迷惑だとそう考える。


「わかりました。すみません、それではお願いします」


あずさは、空いた後部座席にに乗り込んだ。


「お友達のご住所は」

「はい、えっと……」


あずさは小野に住所を教え、これから向かうと、車の中から杏奈に連絡をした。



【4-2】



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