4 最後のぬくもり 【4-3】

「あぁ……って力が抜けるような言い方しないでよ。何、ダメになったの?」

「うん」

「ダメになったの? どうして。ちょっと待ってよ、だってさ。
メールくれたのいつだっけ?」


杏奈は、どうしてなのかと当然の質問をぶつけてくる。


「決心、つかなくて」

「決心?」


杏奈はインスタントのコーヒーを入れようと、カップを2つ取り出した。

あずさはその様子を見ながら、部屋の壁に寄りかかり、膝をかかえる。


「もしかしてだけどさ、まだ織田先輩がどうのこうのって言うわけじゃないよね」


杏奈は、高校時代、あずさと同じ吹奏楽部にいて、

臨時顧問の祐に憧れていることも知っていた。

高校を卒業したら、お付き合いを始めるのだと、嬉しそうに語ったこともある。

杏奈の問いに、あずさは黙ったままになった。

結果として、それが全てを物語る。


「はぁ……」


部屋に落ちる杏奈のため息に、あずさは、いいと思ったのだと、顔をあげる。


「ちょっと待って。私だって清水さんは職場の先輩で、いい人だと思ったの。
彼は1年前に途中入社してきて。前は大学の続きで名古屋に住んで、
名古屋のジムで働いていたんだって。でも、地元がいいからって戻ってきて。
子供たちにも優しいし、年配女性にも優しく指導できるし、
私が荷物を持とうとすると、持ってくれたりして」

「うん、うん……それで?」

「で、食事に行くようになって、話しもあうと思ったし、
たぶん、好きなんだろうなってそう思って。だってね、楽しいと思えたから、
話をしていると」


あずさは、25にもなっているし、思い切ってと考えていたら、

相手の方から旅行に誘われたと話す。


「旅行?」

「そう、互いに実家から来ていたから、会うとなると食事とかでしょ。
ゆっくりするのならどこかにって言われて。で、そうだなと……」


休みを合わせて、初めて旅行に出たと、あずさは話を続ける。


「で、どうしてダメに?」

「……だったの」

「何? 大事なところが聞こえてないけれど」

「見てしまったの。カバンの中」

「カバン?」


杏奈は、コーヒーをあずさの前に置く。


「何を見たの」

「……一番上に、入っていて……」

「……ん? 何が?」

「私だって子供じゃないから、旅行だもの、わかっていたけれど。
でも、なんだか……」

「あ、何? もしかしてコ……ん?」


杏奈の確認するようなものの言い方に、あずさは黙ったままで小さく頷く。


「なんだかさ、見えてしまうと……それが目的で、それ以外はどうでもいいのかなとか、
妙に疑問符が色々と」

「……いや、だって、あずさ」

「だから旅行だって言われてわかっていたの。でも……この気持ちで、
乗り越えてしまっていいのかって思ったら……逃げ出してた、私」


あずさは、相手がトイレに入ったときに、逃げ出してしまったと話した。


「トイレに?」

「そう……ちょうどホテルの前に出たら、お客様をおろしたタクシーが来て、
で、飛び乗ってしまって。スマホに連絡があったから、体調が崩れたのでと……」

「で?」

「『ふざけるな』って」


杏奈は全てを聞き終え、それはそうだよと、納得するように頷いていく。

あずさは杏奈のくれたコーヒーに口をつけ、やはり自分の方に問題があったのだと、

下を向く。


「だからここに」

「ここ?」

「そう……おそらく、東京に異動させられたのは、
ここに理由があるかなと思っているんだけど」


あずさは、今まで言われたこともなかった異動が、急に決まったとそう言った。

杏奈は『ふーん』というと、しばらく黙っていたが、何かツボにはまったのか、

そこから急に笑い出す。


「何かおかしい?」

「おかしいって、おかしいことだらけでしょう。
まず、いくらそんなことがあってたとしても、会社の人事って違うわよ」

「違う? そうかな……」

「違うわよ。人事って個人的な感情で動くものではないし。だって、その清水さん?
社長なの? 違うでしょ」


杏奈は、偶然そうなったのだと言う。


「それに25にもなって、何をうろたえているの。
そういうのは男性が用意するのが当たり前だし、
まぁ、ドキッとすることはするかもしれないけれど、でもさ……」


杏奈は、そんなことじゃこれから困るよと、呆れたように笑いながらあずさを見る。


「あずさ、恋に臆病すぎ。一生彼氏できないよ、それじゃ」


杏奈の言葉に、あずさはほっといてと、顔をそらす。


「失った先輩が、理想の人だったことはわかるけれど、もう、いないんだし……」

「わかってるって」

「わかっていないよ。だからそんなことしているの」


あずさは、祐のことを言われ、岳のことを思い出す。


「ねぇ、杏奈。他人の空似って、どう思う?」

「空似? どう思うって何?」

「いや、うん……」


あずさは、言葉を止めるとまたコーヒーを飲む。


「あずさ……」

「何?」

「真面目なあずさらしいけれど、そんなに思うほど、難しいことじゃないよ。
肌を合わせるって」


杏奈はダンベルを見る。


「好きだなと思って、もっと一緒にいたいと思って。
だからこそ、彼ともっと分りあいたいと思えた。
そりゃね、最初は恥ずかしさも怖さもあったわよ。
でも、それ以上に『幸せ』って、腕の中で思えたし」

「幸せ……」


『幸せ』という言葉を使われてしまい、そこからは何も聞く事が出来なくなる。


「そうよ、今、私とこの人は同じ思いの中にいるんだなって……」


杏奈はそういうと、黙っているあずさを見る。


「あぁ……今日こそ、あずさの恋話聞けると思って楽しみにしていたのに。
あはは……逃げたとはね」

「笑わないでよ。これでも反省しているんだから」


あずさは、自分なりに落ち込みもしたし考えることもしたと、そう杏奈に言い続ける。


「しょうがない。こうなったら、悩むだけ悩みな。そうだね、こだわるのも悪くないよ。
それでも飛び越えようって時が、絶対に来るから。さぁ、どんな人かな、
今から楽しみにしよう……いや、このまま考えすぎて、枯葉のようになるとか……」


杏奈は、もらったクッキーがあるからと、用意し始める。


「何よ、枯葉って……」

「いや、化石か?」

「ふざけないでよ、人が真剣に悩んでいるのに……」


あずさは、そばにあったダンベルを持ち上げてみるが、

思ったよりも重たかったため、すぐに下へ置いた。



【4-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント