5 初ものづくしの日 【5-2】

『アカデミックスポーツ』とロゴのついたシャツには、

サイズだけではなくカラーもあるけれど、とりあえず基準を決めないと、

何がどこにあるのかわからないまま探してしまい、余計な時間がかかる。


「すみません、箱を開ける前に横を見てください。一番左からバッグ。真ん中をタオル。
それから『L』の表示があるものは、全てこちらにおいてください。
空いているものも、未開封のものも、全てです」


あずさは、入会した子供たちが、ポロシャツを着るのを楽しみにしていて、

渡したときに、満面の笑みを浮かべることを知っていた。

バッグもそれほどハイセンスなものではないが、ランドセルとは違う持ち物に、

どこか『習い事』感を満喫している女の子たちのことも思い出す。

だからこそ、サイズや色、数を間違えずに、少しでも早く送ってあげたいと、

そう思いながら作業を進める。


「あらまぁ、ごめんなさいね、巻き込んでしまって」

「いえ……」


あずさはダンボールを動かしながら、そういえばスーツだったことを思い出した。


「すみません、これ、着替えてもいいですか?」

「着がえ?」

「はい」


あずさは、初出勤だからそれなりの格好をしてきたけれど、

この仕事をするのなら、『アカデミックスポーツ』のポロシャツを着た方が、

絶対にはかどるだろうと考え始める。


「更衣室はありませんので、化粧室で」

「はい」


あずさは持ってきたバッグからポロシャツを出して、化粧室で着替えることにした。

事務員の頃から、愛用してきた『黒のポロシャツ』。

慣れているからだろうか、袖を通し鏡で見るとなんとなく気持ちが前向きになる。


「うん……」


あずさは、着替えてすぐに部屋へ戻った。


「あら……」

「はい」

「あなた、地方教室の受付さんなのね」

「……はい」


あずさは、その発言に、今までメガネの女性は、

どういう目で自分を見ていたのだろうかと思いつつ、作業をどんどん進めた。

ポロシャツに着替えたあずさは、効率よくダンボールをわけていく。

箱の1辺を開けておけば、横に積んでも中身がわかるため、

上部分を全部開ける必要がない。重いものを下に置き、あまり負荷のかからないよう、

うまく並べていく。


「あら……これならサイズも色もわかるわね」

「はい。このまま何箱か積んでも、中身が軽いですから」


あずさは、ガムテープにサイズと色を書き、貼り付けた。

残りがいくつあるのかもわかるようにしておけば、注文するタイミングも間違えない。

赤、黒、青、黄色。4色のシャツが、それぞれの場所を得て整理されていく。

気付くと、あずさがここへ来てから、1時間以上が経過していた。


「みなさん、おはよう」

「あ、おはようございます」


どちらかというと昼間に傾いた時間になって、やっと男性が姿を見せた。





「ふむふむ……」


あずさは、ポロシャツ姿のまま、遅れて出勤してきた男性と顔を合わせた。

とりあえず、以前の勤め先が寄こした書類を全て提出する。


「宮崎あずささん、うん、わかりました。私は、『アカデミックスポーツ』の社長、
柴田順也です。縁あってきたのだから、まぁ、頑張って下さい」


社長の柴田は、それだけを言うと、提出した書類をデスクの奥にしまい、

あずさの目の前でスポーツ新聞を広げだした。

昨日の野球だの、サッカーだの、試合結果を気にし始める。


「あの……」

「はい」

「私は、これから何を」


あずさは、どこに座ったいいのか、何をしたらいいのかわからないと柴田に話した。

柴田は、あずさの顔を見ながら、口を結ぶ。

あずさは、『転勤』の辞令を受け取ってここまで来たのに、

『アカデミックスポーツ』本部には、何も用意されていなかったことをあらためて知る。

となると、『東京への異動』は、本当に単なる意地悪だったのかと情けなく思えてきた。

パソコンの前には、ほたるちゃんと呼ばれた女性が、しっかりと張り付いているし、

あずさを出迎えてくれたメガネの女性は、気にしていないのか、

何やら伝票をまとめている。


「何をかぁ……そうだね。とりあえず……」

「社長、宮崎さんはとっても整理整頓がお上手ですよ。仕事を請け負ってから、
ゴチャゴチャしていたポロシャツやバッグとかが、ほら、まとまりました」

「おぉ、そうか、それは素晴らしい」


社長の柴田は、それならばと組み立て前のダンボールを指差し、

配送の荷物を作って欲しいと、そう言い始めた。


「荷造りですか」

「そう、配送場所を間違えないでね」


柴田はそれだけを言うと、タバコを切らしたと外へ出て行ってしまう。

結局、この先、何をするのか決められないまま、

あずさはまた、ダンボールと格闘することになった。

組み立てられていない箱を組み立て、あらかじめ出されている伝票を確認し、

ポロシャツ、バッグ、タオルと、入会者の心得という小冊子をセットにする。

印刷されたあて先を上に貼り付け、ガムテープで蓋をした。


「今まではね、別の会社にこういったものをお願いしていたのよ。
でも、色々経費がかかるからって、この間からここでやることにしたのだけれど、
まぁ、慣れていない仕事だったので、うまく回らなくて」


あずさを最初に迎えてくれたメガネの女性は、『小原延子(のぶこ)』といい、

『アカデミックスポーツ』勤続30年というベテラン事務員だった。


「そうですか」


あずさは、突然、本部へ行ってくれと言われ、何事もチャレンジだと承諾したものの、

会社としても機能しきれていない状態に、気持ちが落ち込み始める。

この状態では、岳に『倉庫』と表現されるのも当然だと思いながら、

また新たな箱を組み立て始めた。

それでも、小原にジムではどういう仕事をしていたのかと聞かれ答えを返す。

すると、あずさにとって予想外の返事が、小原から戻った。


「個別経営?」

「そうなのよ。『アカデミックスポーツ』のジムは、
各地でそういうものを開きたいという人たちに名前を貸して、経営してもらっているの。
もちろん、機材とかは統一して注文した方が安いし、お客様が引っ越ししても、
『アカデミックスポーツ』だと思えば、入りやすいでしょう。
なんでもありというわけにはいかないから、ここである程度のルールとか、
管理という役割があるけどね」

「管理ですか……」

「そう、こうしてシャツの販売とか、ロゴの作成、機材の発注とか。
それに入会のパンフレットとか……まぁ、私たちも色々とやっているけれど、
誰をどう採用するか、どういうことをするかは、全てそのジム任せだから……」


小原の話しは、あずさにとって、初めて知る事実だった。

全国にある『アカデミックスポーツ』は全て同じような状態だと思っていたが、

そうではないとわかる。


「でも、私、本部へって……」

「えっと、宮崎さんって、どこのジムだっけ?」

「あ……えっと……群馬県の……」

「あぁ、はいはい」


小原は、全国の中で、3つだけ本部経営になっているジムがあるのだと、

また、あらたな情報を入れてくれた。

あずさは、自分が所属していたジムが、そのうちのひとつだったことも初めて知る。


「めずらしいのよ、地方の人が本部へって言うのは。今まで例がないし」

「初めてということですか」

「うん」

「初めて……」


あずさは、『初めて』という言葉を聞き、

なぜか実験室のプラスチックボックスに入れられた、小さなねずみを思い出してしまう。


「うちの会社、何か新しいことを始めるつもりかしらね」

「あ……えっと」


小原は、宮崎さんの頑張りに、会社の未来がかかっているのかもと、

明らかに『企画外れの期待』文句を披露する。

あずさは、精一杯笑っているような顔を作りながら、

この会社は、本当に大丈夫なのだろうかと、さらに気持ちが下向きになった。



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