5 初ものづくしの日 【5-3】

外にタバコを買いに出た柴田が、15分後くらいに楽しそうに戻ってきた。

最初に来たときに比べて、整理整頓が進んでいることに驚きの声をあげる。


「宮崎さん」

「はい」

「いやぁ……あなたの力が入って、本当に助かったよ。
いつまでもダンボールのままじゃダメだとわかっていたのに、
僕が腰痛で、小原さんが高所恐怖症で、
ほたるちゃんがPC以外出来ないという状態だったから、後回しになっていてね」


あずさは、柴田がそれぞれにつけた言葉とともに、あらためて3人の顔を見る。

腰痛と、高所恐怖症と、PC以外拒否の社員。

『これでもか』というくらい、不安だけがアップする。


「そうだ、せっかく新しい社員が来てくれたのだから、まずは、みんなで昼食にしよう」

「はい」

「どうかな、ほたるちゃん」

「いいと思います」


それまで全く統制の取れていなかった社員たちが、急にまとまり、

少し早い時間ではあるが、昼食を取りに外へ出ることになった。

あずさも、さすがにポロシャツではと思い、もう一度着替えなおす。

初めて来た場所で、店などわからないため、あずさはとにかく社員3名についていく。

すると、3人は当たり前のように横断歩道を渡り、

目の前に立つ魅力的なビルの方向へ進んでいく。

あずさは、『アカデミックスポーツ』の社員が、よく食堂に顔を出すと言った、

庄吉の運転手、小野の話を思い出す。


「ここの社食は、うまいよ」


社長の柴田は、なかなかボリュームもあるからねと、なぜか胸を叩いた。



『株式会社 BEANS』



あずさは、柴田や小原の後に続き、初めて『BEANS』に入ることになった。

磨かれた会社の玄関と、綺麗な女性がいる受付。

どこかに建設中のマンションだろうか、大きなガラスケースの中に模型が置いてある。

壁にも、ビルの写真が貼られていて、

いかにも最先端を動く会社という、イメージがあった。


「ほらほら、迷子になりますよ」

「はい」


あずさが視線を動かしている間に、社員3名は、エレベーターの前にすでに立っていた。

それが開くと、他の人たちと一緒に、当たり前のように乗り込んでいく。


「あの……ひとつ質問、いいですか」

「はい、何かしら」


あずさは、小原がこの3名の中でも、一番まともな気がするから、聞くことにした。


「これだけ大きな会社なのに、全くチェックがなかったですけど」

「チェック?」

「はい。普通、受付で名刺を出して入るとか、あと誰か内部の方が出てくるとか、
そういうことなしに、エレベーターに乗れてますけれど……」

「ん?」


小原が少し考える仕草をし、その答えが戻る前に、

エレベーターが『チン』と到着の音をさせた。扉が開き、目の前が明るくなる。


「あ……」


あずさが連れてこられたのは、どこかのレストランかと思うくらいの社員食堂だった。

最上階になる11階にあるため、見晴らしもいいし、もちろん太陽の光りも入ってくる。


「今、私たちが乗ったエレベーターはね、『社員食堂』直通なの。
だから、誰でも乗れるし、入れるのよ、ここ」

「誰でもですか」

「そう。先代の社長さんが、この本社ビルを建てるときに、ご近所の方々にも、
気軽に飛び込んできてもらえるようにしたいという希望があったんだって」


先代の社長とは、相原庄吉のことだと、すぐにわかった。

あずさは、確かに庄吉の器の大きさなら、そんなことを考えそうだと思う。


「『BEANS』が伸びたのも、この地域の方々の協力があってこそだということで、
私たちもよく利用させてもらっているの。あ、そうそう、ほら……」


小原がポケットから取り出したのは、何やらエメラルドグリーン色のカードだった。

その隅にはかわいらしい『豆』模様がイラストで書いてある。


「これ、『ありがとうカード』なの。配ってもらっている企業やお店の人は、
『BEANS』の社員と同じ金額で、利用できるのよ」



『ありがとうカード』



このあたりは東京でも下町に近い場所になるので、

確かに昔から店を構えている人たちなどもいた。

ご近所とのお付き合いを大事にしているあたりは、

大企業になった『BEANS』も、江戸っ子かたぎの部分があるのかもしれない。


「宮崎さんは、まだカードがないから、とりあえず私が代理で買いますね。
何か食べたいものをこのトレイに乗せて頂戴」

「あ……すみません」

「小原さん」

「何? ほたるちゃん」

「宮崎さんのカード、来ないかもしれませんよ」


PCしか興味がない『北島ほたる』はそう言うと、今日のメニューをじっと見る。


「やだ……そうかしら」

「言われたことをこなせていない以上、このままではまずい気がします」


ほたるは『シーフードドリア』を見つけ、そこに人差し指を向けた。


「前回、担当の方が言ってましたよね。次はもう待ちませんよって。
で、もうその次になってもいいくらい、時間が過ぎていますし。
また、社長がごねることは確実なわけで……」


小原とほたるの会話に押されながら、あずさが食堂内に入ると、

一番最初に目に入ったのは、窓際の席に座っている岳だった。

斜めに立っている男性の話に頷きながら、時折持っている書類に触れる。

少し考えるような顔をした後、左の指が口元に動いた。

何を話しているのかはわからないけれど、仕事であることは間違いないように見える。

岳の指が書類に向かい、いくつかを指差した。

男性はすぐにペンを出し、その箇所に丸をつける。

あずさは、そんな岳の姿を、小原とほたるの間に立ってじっと見てしまう。



『織田祐』



あずさにクラリネットの楽しさを教え、人を好きになることの喜びと、

苦しさを教えてくれた人。岳自身とも話し、別人だと納得しているはずなのに、

どうしてもその面影が、重なってしまう。

『アカデミックスポーツ』一行の妙な気配に気付いたのか、岳の顔が上に向かい、

あずさの視線とぶつかった。

あずさは、ただ、じっと見ていたと思われるのが恥ずかしく、すぐに頭を下げる。

岳も、軽く下げ返した。


「あら、『ケヴィン』があんなところに……うふふ……こんにちは」


小原の口から飛び出したのは、聞いたこともない『ケヴィン』という名前だった。

あずさは、どこかに外国人がいるかと見回してみるが、それらしき人は見当たらない。


「『ケヴィン』では、宮崎さんがわかりませんよ、小原さん」

「エ……あら、そうかしら。宮崎さんご存じない? 30数年位前の少女漫画、
『バラの庭で会いましょう』」


小原は、少女漫画雑誌『パンジー』に載っていたと、そう話し続ける。


「バラの庭……って、いえ、わかりません。30年前は、まだ生まれていませんし」

「あら、そうなの?」


小原の反応に、あずさは自分がそれだけふけて見えるのだろうかと、軽く頬に触れた。



【5-4】



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コメント

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No title

こんばんは
ももんたさんのお話しには欠かせない
脇役たちですね。
ますます楽しみです

これからもよろしくです

ぽこさん、こんばんは

>ももんたさんのお話しには欠かせない
 脇役たちですね。

はい。色々と変わった面のある
『アカデミックスポーツ』のメンバーですが、
ぜひぜひ、応援お願いします。
脇役が楽しいキャラだと、お話全体が、
明るくなる気がするので……