6 成り行き任せの女 【6-1】

「でも、どうしましょうか」

「そうですよね」


敦たちの訪問を乗り越えた『アカデミックスポーツ』では、

その日、3時を待たずに『お茶タイム』となった。

こんな状態が永遠に続くことはなく、

いずれ力ずくで倒されることもどこかでわかっている。


「とにかく、値上げ分を今いる会社でわけることにして。
ダメだという会社には、出て行ってもらって……」

「いや、そんなことをしたら、残る会社での負担分が増えますよ」


ほたるの言葉に、小原はそうよねと下を向く。

柴田はこの3ヶ月を乗り越えたら、また風が変わるかもしれないと、

指を1本立てて、のんきなことを言うと、大きく背伸びをする。

あずさは、エレベーターを降りたときに見た、反対側のスペースのことを考える。


「あの……」


あずさの言葉と同時に、会社の扉がいきなり開かれた。

『お茶タイム』だったメンバーは、その人物の登場で一斉に立ち上がる。


「柴田社長、時間は取らせません。すぐに帰りますので」


全員の気持ちを一瞬で凍らせたのは、もちろん岳だった。





「どうぞ」

「すみません」


柴田と岳は向かい合うように座り、一度敦が持ち帰った書類が、

『わかっているでしょう』とばかりに、テーブルに並べられた。

小原は両手でお盆を持ちながら、

これから、色々と大変なことを言うと予想できる岳の顔をじっと見る。


「うちの賃貸部門の担当者が、しっかりした約束をしないままにしたこと、
まずは謝ります」

「いや、そんな……」

「ビジネスに、馴れ合いは必要ありません。『BEANS』としては、これ以上、
色々なものを遅延させるわけにはいかないのです。どうかご理解していただき、
すぐにでも値上げの了解を得てください。それにしても期間は1年です。
今以上の補修は、持ち主として考えていません。ですので、
全部のテナントに出て行っていただくサインをもらいたいのです。
1ヶ月以内に出て行っていただけるのなら、賃料の値上げは結構です」


岳は、そういうと1枚の紙を出す。


「岳さん……それは」

「今の言葉を、突然だとは言わないでいただきたい。
うちはこの春、いえ、昨年よりずっと同じことをお願いしています。
あの時から準備をしていただけたら、今頃、新たなビルの建設に入れていたでしょうし、
こちらも、別の場所で経営が出来たのではないですか」


岳はそういうと、柴田を見た。

柴田は、岳の言葉にその通りだとうなずいていく。


「相原会長と父の縁で、つながってきたということに、甘えていると言われたら、
僕は否定が出来ません。しかし、このビルはどういう目的で建て、
使っていくべきなのかという約束は、ここに……」


柴田が古くなった書類の一部分を指でさす。


「無理な干渉はしないと……」


その柴田の行動に、岳は動じることもなく、別の部分を指で指し示す。


「お互いの立場を尊重し、互いに不利益とならないようにと……
その言葉が入っておりますので」


岳は、本来の契約通りに進まなければ、損をするのは『BEANS』だと、そう訴える。


「うーん……」


柴田は、正論をまっすぐに述べる岳を、どう納得させたらいいのかがわからず、

黙ってしまった。今回ばかりは無理だろうと、ほたるも下を向く。

するとまた、勝手に扉が開いた。


「すみません……」


入ってきたのは、敦だった。


『アカデミックスポーツ』のメンバーは、岳だけではなく敦の登場に、

もしかしたら、何かまた動かしてくれるかもしれないと、期待の目を向ける。


「兄さん、年末だという約束だけ、してもらえばいいじゃないか。
企画も抱えている物件が多い。すぐにここってわけには……」


言葉が途中で止まってしまうほど、岳が鋭く敦を睨む。


「何度言わせるんだ。その約束を守らなければどうなるという縛りがないんだぞ」


岳は敦にそういうと、とにかく1ヶ月しか猶予がないと言い、

明日からでも、全てのテナントに出て行ってもらう手続きを開始すると譲らない。

優しい玉を押し出しても、岳の戻すのは全てスマッシュ状態だった。


「あの……」


それまで黙っていたあずさは、自分の出番ではないとわかっていたのに、

立ち上がってしまう。岳の目が、動いたものは何かというように、あずさを見る。


「1ヶ月では無理です。一つの会社が、別の場所に移るのだとすれば、
契約と移動と……ここは、やはり年末までということにしてください。
必ず、そこまでに形を作ります」

「君が何を約束できる」

「わかりません」


あずさの言葉に、岳は呆れたという顔をする。


「宮崎さん、君は仕事をなめているのか、わからないのなら……」

「わからないです。岳さんもご存知の通り、今日が初出勤ですから。
でも、私もここの一員です。ただ、言われっぱなしでは、我慢できません」


あずさは、待っている間、

何かプラスになることが出来ればいいのではないかと、即興で提案した。


「プラス……で、何を」

「えっと……」


あずさは、ずっと手に持っていた荷造り用のガムテープを回しながら、

何か自分に出来ることはないかと考える。


「掃除をします」

「掃除?」

「はい。私が毎日相原家の……」


あずさは、これから掃除を自分がするのでと言い始める。


「宮崎さんが相原家の掃除をする。それは相原の家にしかプラスではないな」


あずさはそれならばと展開しようとするが、それは岳に止められる。


「ちなみに、会社の掃除は業者が入るし、
まさかとは思うが、雑務なども派遣会社に頼んであるので必要はない。
『アカデミックスポーツ』がジムを束ねているとはいえ、
うちの社員に体操を指導してもらう必要もない。
何しろ、西東京の法人会員になっているからね」


あずさは岳のセリフを聞き、小原を見る。

小原は間違いないですという意味だろう、大きく頷いた。


「だと……すると……」


あずさの頭で考え付きそうなことは、口に出す前に、

岳にどんどんと切り捨てられてしまう。


「もう、お互いに話すことはありません。柴田社長、ここにサインを……」

「1日待ってください」


あずさは、岳が出した書類を奪い取り、1日だけ考えさせてくれと岳に迫った。

岳は、突然飛び出したあずさの言葉に、

まだ何かを考えるのかと思い、『はぁ』とため息をつく。


「1日考えたら、浮かぶのかな」

「わかりません」


あずさから出た二度目のわかりませんが、

極限の緊張状態を取り続ける床に、ポトンと落ちる。


「またわかりません……か。いい加減に……」

「私にも、事情を納得する時間をください。とにかく一生懸命に考えます」


あずさはそういうと、柴田の横に立ち、岳と敦に頭を下げる。

その様子を見た小原もほたるも、すがるのはここしかないと、一緒に頭を下げた。



【6-2】



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