6 成り行き任せの女 【6-2】

あずさの捨て身の訴えで、とりあえず岳は『BEANS』に戻った。

『アカデミックスポーツ』には、力の抜けた社員たちと、敦が残される。


「社長、すみません。最初に年末までという約束をお受けしておいて」

「いやいや、敦君のせいじゃないよ。岳君の言うことももっともなんだ。
うちはずっと会長の恩恵で、ここにいられたようなものだからね」


柴田はそういうと、どこか郊外に倉庫を借りるべきだろうかと、両手を組む。


「そうですよね……となると」


ほたるもPC画面の入力を休むと、柴田の意見に賛同する。


「でも……」


小原は一人、不満そうな顔を浮かべた。


「他の場所に行ったら、社員食堂、もう行かれなくなりますね」


毎日楽しみだったのにと、小原は言った後、申し訳なさそうに下を向く敦に気付き、

それはまぁ、たいしたことではないですけどと、フォローする。


「宮崎さん」

「はい」

「『1日』と言ったら、兄は絶対に『1日』です。何か思いつきそうですか」


敦は、とりあえずその場を回避したあずさに、そう尋ねた。

おそらく無理だろうという敦の表情に、

あずさは『頑張ります』というと、懸命に笑って見せた。





『1日待ってください』



「はぁ……」


勢いと流れでそう言ってはみたものの、あの岳を納得させるようないいアイデアなど、

あずさの頭の中には何も浮かばなかった。

相手は、常に厳しい勝負をしている大手企業。

さらに、納得させなければならないのは、超がつくくらい頭のいい、

ガチガチの理論派。そして権力も持つ跡取り息子。

ありあまるものはあるだろうが、足りないものなど見つからない。

あずさのため息が聞こえ、東子がノートにペンを置く。


「どうしたのかな、あずさちゃんは」

「あ、ごめん。東子ちゃん勉強中だったよね」


あずさは自分の存在が邪魔をしていると、席を立とうとする。


「気にしないでいいって。口うるさいお母さんの手前、一応勉強中だけれど。
でもいいの。兄たちが戻ったら聞きたいところがあって、ここにいるし」


東子はテーブルの上に置かれたフィナンシェを取ると、半分に折る。


「何かあったの? 初出勤」


東子にそう聞かれ、あずさは今日一日のことを話した。

望まれてきたわけではないと思っていたが、職場の人間達が、

想像以上にのんびりした人たちだったこと、そこに敦や岳が現れ、騒動になったこと。

そして、我慢しきれなくなった自分が、

『1日待て』と条件を出してしまったことなども、付け加えていく。


「あはは……やだ、何? あずさちゃん、岳とやりあったの?」

「やりあったわけではないの。成り行きでそうなって」


あずさは、何もアイデアの出ないまま、書くことも見つからない紙を見る。


「ねぇ……」

「何?」

「東子ちゃんが、オセロの石で見せてくれた色の意味。今日はすごくわかる」

「色?」

「そう、岳さんを黒、敦さんを白にしていたでしょ」


あずさはそういうと紙の上に丸を2つ書き、片方を黒く塗りつぶした。


『オセロの黒と白』


あずさは紙の上に書いた、黒く塗りつぶした丸をじっと見る。


「岳さんには隙がない。鉄壁な自分の意見を持って戦いに望むから。
とにかく相手は受け入れるという選択肢しか、見えてこないのよ。
桜北と慶西を両方卒業した頭でしょ。
普通ならやりあうこと自体、無謀だと思うだろうし」

「ふむふむ……」


東子は、あずさの意見を聞きながら、塗られた丸をじっと見る。


「岳さんに、何か苦手なものとか、困っていることとかないのかな。
まぁ、あっても私じゃ太刀打ちできないような、大きなことだと思うけれど……」


あずさはそういうと、黒い丸に手と足をつけていく。

両手は体につけ、胸を張っているように見せる。


「やだ、あずさちゃんうまい」

「そう?」


あずさは足に靴を履かせ、さらに描き加えていく。


「岳に困ったことね……」

「そう、たとえば……頭はいいけれど、字がすごく下手で、
文字を書くときに、ため息ばかり出るとか」


あずさはそういうと、東子を見る。


「残念だけれど、岳の字は綺麗だよ。読みやすいし、間違いはない」

「あ、そう」


あずさはそうだよねと言いながら、今度は白の丸に手と足をつけ始める。


「大嫌いなものとか? ほら、トマト嫌いとか、にんじん嫌いとか?」


あずさはどうしても食べられないものがあるとか、触れない虫がいるとか、

そういうものはと期待の目を向ける。


「ないな。何かを残しているところなんて、見たことがないし……。
まぁ、虫も……特には」


頭脳明晰、財力もあり、ルックスも申し分ない。

欠点らしきものが何もないと言う岳の話しに、あずさはため息が出てしまう。


「……嫌な男」

「ん?」


あずさは思わず口から出た本音を、慌てて両手で消そうとする。


「そうだよね、ないよね欠点とかさ、メチャクチャ辛いこととかさ……」

「辛いことかぁ……そうだな、唯一あるとしたら」

「あるの?」

「うん……メチャクチャと言ったら、『肩こり』ってことくらい?」


東子はそういうと、とにかく体が固いのよと笑って見せた。

最初はそうなんだと笑ったあずさは、その場で急に立ち上がる。


「どうしたの、あずさちゃん」

「肩ね……それなら出来るかも」

「出来る?」

「玉子、夏子、美佐と3代に渡る女性の肩こりを、和らげてきたこの指なら」


あずさの行動の意味がわからない東子は、首を傾げる。

あずさは右と左、両方の手を顔の前に出す。


「うん……そうだ、そうしてみる。
岳さんはきっと、何も浮かばないと思っているだろうし。
当たって砕けるかもしれないけれど、砕け方が少しでもこう……丸く……」


あずさはそういうとまた、自分の両手を見た。

さらに肩を握るような形にする。


「うん」


東子は、あずさの発言よりあずさの書いた白い丸に興味を示し、

自分の持っていたペンで、黒と同じように足に靴を履かせ始めた。



【6-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント