6 成り行き任せの女 【6-3】

次の日、いつもの朝食が終了し、それぞれが仕事に向かう時間となった。

あずさは、昨日、PCで調べ、まとめた資料をバッグに入れる。

螺旋階段を下りていくと、ちょうど岳が出て行くところだった。

あずさは軽く頭を下げる。


「宮崎さん」

「はい」

「今日の1時、昨日から1日待った成果を聞きに行きますので」


岳はどうせ何も出ないだろうと思いながら、靴を履く。


「はい、お待ちしています」


あずさはそういうと、岳の横で靴を取り履き始める。

あずさの予想外の対応に、岳は何か考えたのかとその表情を見る。

二人は、ほぼ同じタイミングで玄関を出た。





そして、運命の1時。

時間通りに、『アカデミックスポーツ』に岳と敦が姿を見せた。

『アカデミックスポーツ』のこれからを決める時間は、

岳が言った残り1ヶ月となるのか、敦が了承した3ヶ月からの1年を得られるのか、

岳と敦がソファーに座り、1日待って欲しいと頼んだあずさがその前に座る。

社長の柴田を始めとした面々は、その成り行きを見守るしかなく、

それぞれの場所に座った。


「では、1日待ちました。宮崎さんの意見を聞かせてください。
ただし、今日の延長はありません。それだけはしっかりと……」

「わかっています」


あずさはそういうと、岳の前に数枚ホチキス止めをしたレポート用紙を出した。

敦は、そのタイトルを見て、すぐにあずさを見る。



『肩こり』



「なんだろうか、これ」

「岳さんがとても頑固な肩こりだと知りました。ですので、
私は『アカデミックスポーツ』のメンバーが、
新しい道筋を組み立てるための3ヶ月間という時間をもらうため、毎日、
岳さんの肩を揉むことにします」


あずさの堂々とした意見発表後、『そうだったのか』など声を出すものは誰もいない。

部屋の中は静まり返ったまま、ただ緊張感だけが増していく。

笑いや、ため息もなく、『やってしまった』感の強い空気が、全体を包んだ。


「宮崎さん、俺は君とくだらない遊びを……」

「遊びではありません。確かに、最初にご提案した相原家の掃除では、
岳さんの言うとおり、相原家の利益にしかなりませんし、会社の掃除や雑務は、
すでに担当者がいます。ですので、別の方向から考えを巡らせました。
岳さん、肩こりというものは、誰でもあるものだと、軽く考えてはいけません。
私もスポーツジムの地方教室の仕事をしていたので、
体操の先生方から色々な話を聞いたことがあります」


あずさは自分の左肩に右手を置く。


「たとえば、岳さんが毎日、痛いのを我慢して肩のケアをせずに仕事をしたとします。
血行の悪さは、姿勢にも影響しますし、食事にも、そして精神面にも影響を及ぼします。
それは私の個人的意見ではなく、このように、色々な学者も発表していることです」


あずさは、目の前の資料をめくり、

医療現場の人たちが、肩こりを真剣に研究し、

改善するためのレポートを出していることに注目する。


「『BEANS』の大事な部分を担っている岳さんが、そういった体調不良のまま、
緊迫する仕事を続けていたら、必ずどこかで悪い影響が出るはずです。
小売店の損害とは、比べ物にならない額でしょう。
ですので、私はそれを解消するために、肩もみをすることで、
『BEANS』の利益を生み出そうと考えました」


あずさは真剣な表情のまま、岳を見続けるが、正直、

他のメンバーたちは『終わった』という思いでいっぱいだった。

社長の柴田は窓の外を見ながら大きく息を吐き、

小原は、どこかにいるかわからない神様に、願うべきだと両手を合わせる。

ほたるは、他の人から見えない場所で、

何気なく『ワークランド』という求人誌を開く。

岳の隣に座る敦は、諦めの顔をあずさに見せるのが申し訳ないと思い、

下ばかりを見てしまう。

あずさの『肩こり』についての意見発表が終了し、

時計の針の音が聞こえるほど静かな部屋の中で、岳の手がプリントに伸びた。


「ほぉ……」


あずさの考えを、頭から否定すると思っていた岳の、予想外の態度に、

敦は驚きすぐに横を見る。

隣にいる岳の表情は、呆れているわけでも、怒りがあるようにも見えてこない。

柴田や小原も、『奇跡』が起こるのかと、岳を見る。


「確かに、リラックスして交渉に臨むことは、重要だと思う。
宮崎さんの言うことにも、一理あるね」


岳はそういうと、柴田を見た。


「柴田社長」

「はい」

「彼女の提案を、受け入れてもいいでしょうか」


柴田は思わず『エ!』と声を上げた。

しかし、事態がいい方向に向いていることに気付き、すぐ『どうぞ』と手を前に出す。


「宮崎さんの主張は理解できました。それではもう少し具体的に詰めてみましょう。
宮崎さんは、どんなふうにしようと考えているのですか。
俺の体調を整えるための『肩もみ』について」

「どんな……」

「はい」


あずさは、勢いに任せていただけで、『具体的』に考えていなかったため、

とりあえず朝と夕に2回と、薬の説明のような言い方をしてしまう。


「甘いな、それは。交渉は朝と夕方だとは限らない。仕事の内容によっては、
急に厳しい話しが起きることもある。
となると、いつでも取りかかれるようにしてくれなければ、
俺の……いや、『BEANS』の利益にはならない」

「岳君……」

「年末までの条件延長を認めましょう。しかし、これからの3ヶ月間で、
値上げ分の理解が得られなければ、再延長の最高1年は認めません。
その代わり、宮崎さんには、『肩もみ』という任務に専念してもらいます」


あまりにも急な、そしてあまりにもおかしな話を、

しっかりとビジネスに運んでいく岳の姿に、全員が驚きながらも、

あずさの捨て身はとりあえず成功し、

『アカデミックスポーツ』は『期間3ヶ月』を得ることになった。





『アカデミックスポーツ』30周年記念の柱時計が、コチコチと音をさせる。

今までの緊張感がウソのような、のんびりとした時間が訪れた。


「驚きましたね、宮崎さんの必殺技が『肩もみ』ですよ」

「そうね。『ケヴィン』は頑固な肩こりだったのね」

「小原さん、気にしないとならないのはそこではないです」


あずさは小原とほたるの会話を聞きながら、麦茶を一気に飲み干した。

当たって砕けるつもりで発言をしたことは間違いないし、

自分でも、『肩こりを解消させることで得られる効果』という意見は、正論だと思う。

そのおかげで、どうにか3ヶ月を得ることが出来た。

しかし、岳のあの態度だと、『形式的』なものにはならない予感がしてしまう。

あずさは、自分にとって、これからの3ヶ月がどんなものになるのか全く見えないことに、

だんだんと不安が募り始めた。



【6-4】



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