6 成り行き任せの女 【6-4】

その驚きは、岳の後ろを歩きながら本社に戻った敦も持っていた。

何を言っても、絶対に従わない。強制的に印を押させると思っていた岳が、

あずさの提案を受け入れ、『アカデミックスポーツ』に3ヶ月を与えた。

結果的にはよかったと思えるのに、どうも気持ちが落ち着かない。

敦のその思いを気配で感じるのか、本社に入ると岳の歩くスピードが落ちた。


「敦」

「はい」

「宮崎さんの提案が、別にすばらしいと思ったわけではない。
お前が『延期』というキーワードを出した以上、
結果的にはこちらが待たなければならないが、ただ、無条件に通せば、
おそらく3ヵ月後も同じ手が通じるだろうと思われるし、跳ね返す材料がない。
『この間はOKだったのに……』と相手に泣きつかれる」


岳はエレベーターを待ちながら、そう話す。


「だから、何かを約束させたかった。それが彼女の『肩もみ』だ。
今回、宮崎さんが捨て身で提案をしたことによって、彼女の3ヶ月は拘束された。
柴田社長以下社員たちも、これは今までとは違うという空気を、感じ取っているはず。
『次はない』。それを認識させることが必要だった」


二人の前でエレベーターが開き、中に乗っていた社員たちが両サイドに別れていく。

岳と敦が乗り込むと、扉が閉まる。


「お前は優しい。相手が辛い顔を見せると、自分が余計に仕事をすればいいのならと、
すぐに引いてしまう。その場では、確かに感謝されるかもしれない。
しかし、相手を助けているつもりでも、結果的に甘えさせてしまって。
持っている力をそいでしまい、その結果、こちらも損をする。
もっと早くから、『アカデミックスポーツ』に迫っていたら、
今のような状態にはなっていなかったはずだ」


敦は小さな声で『はい』と返事をする。


「もっと強くなれ」


岳はそういうと、エレベーターの壁に寄りかかった。





「何? 肩もみ専任?」

「はい……そうなりました」

「あはは……やだ、何なの……おかしすぎる」


家に戻ると、あずさのことを心配した東子に聞かれたため、

今日1日の動きを、正直にそう話した。

東子は岳がそんなことをするなんてと、おなかを抱えて笑っている。


「あ、ごめん、ごめん」

「ううん、いいの別に。私だって自分で言っておいて、
内心、ダメだろうなと思っていたし」


あずさはそういうと、お茶を飲む。


「そうか、あの岳の、強烈な肩こりをほぐす自信があるわけね。
ねぇ、あずさちゃん、試しに私の肩を揉んでみて」

「東子ちゃんの?」

「そうです」


東子は近頃宿題が多くて勉強疲れがあると、そう言った。

あずさはそれではと立ち上がり、東子の両肩を持つ。

両手が動いた瞬間、東子はくすぐったいと言いながら、体を動かしてしまう。


「あ……ほら、東子ちゃん」

「ダメ、ダメ、笑っちゃうよ」

「何よそれ、こんなに動かせるのでしょ。全然凝ってないけど」


敦は、2階の廊下から、東子とあずさの様子を見る。



『宮崎さんが捨て身で提案をしたことによって、彼女の3ヶ月は拘束された。
柴田社長以下社員たちも、これは今までとは違うという空気を、感じ取っているはず』



「あぁ、もういいって、いいってば」

「東子ちゃん、そんなに動かれたら、練習にならないんだけど」


敦は二人から目をそらすと、そのまま風呂場に向かった。





その頃、岳はまだ会社に残っていた。

建設が開始されたビルの納期が、天候の悪化で少しずれるかもしれないと報告が入り、

検討できないかと言われたが、テナントとの契約を勧めていた別企業からは、

延期などとんでもないと、不満の声があがる。

『スピード』と『結果』。

この両方が求められる仕事のため、立場が時間ごとに変わるくらい、

状況は目まぐるしく動いていく。


「はぁ……」


岳はPC画面から目を外すと、両肩を何度か上下に動かした。

あずさが話した情報は本当にその通りで、学生時代から岳は肩こりに悩まされていた。

昔から体が固いことも影響しているのかもしれないが、

もみほぐしのプロの店へ定期的に出かけないと、ひどい頭痛になるくらいの時もある。



『私はそれを解消するために、肩もみをすることで、
『BEANS』の利益を生み出そうと考えました』



今日の昼、正々堂々と『肩もみ』について持論を展開したあずさの顔を思い出す。

岳は、どうしてあんな発想が出来たのだろうと思いながら、最後の数行を入力した。

胸に入れてある携帯が、メールの到着を告げる。

相手を確認すると、梨那からだった。

岳は、内容がだいたいわかるだけに、中身をみないままテーブルに携帯を置く。



『岳君、君も30になったそうじゃないか。
そろそろ身を固めるつもりはないのかね……』



自分ではない男と婚約すると言い、関係を解消した逸美のことを、

何を焦っているのかと言いきった岳だったが、梨那の父、『三国屋』の会長、

『青木文明(ふみあき)』から、娘とつきあっているのなら、

そろそろ結婚を考えてくれないかという、プレッシャーがかかりつつあった。

梨那は3姉妹の末っ子で、とりあえず社会人として『三国屋』に勤めている。

姉2人はすでに結婚し父親を助けているが、梨那が最後の娘とあって、

文明のかわいがりようは、他の娘以上になる。

さらに梨那の伯父が一人、3年前に国会議員になった。

梨那との結びつきは、色々な面で、『BEANS』のプラスとなることは間違いない。



『もしかしたら『白馬の王子様』のようなことを……』



岳は、逸美に言われたセリフを思い返す。

自分の人生の中で、遠慮なく『自分自身』を出せるのは『仕事』だけだと、

岳は立ち上がると、窓のそばに立つ。



『女を不幸にする……』



逸美の残した言葉を思い出し、輝く夜の街を見ながら、

『そろそろ』をもう少し引き伸ばすにはと、ただ、冷静に考えた。





『あずさの肩もみ勤務1日目』

あずさはいつもより早めに目覚めると、すぐに滝枝の手伝いを始めた。

料理などに手を出すのは、逆に邪魔になるような気がしたので、

食器を並べたり、テーブルの状態を整えたりする。


「いつもすみません」

「いえいえ、それはこちらのセリフです。
滝枝さんの朝ごはんを食べて仕事に迎えるのは、本当に幸せですよ」


あずさは台布巾を滝枝に渡す。


「そんなふうに言ってもらえると、作ることが楽しくなります」

「そうですか?」


あずさは、それならばもっと褒めますからねと笑い、

滝枝と一緒に食事のメニューを並べていく。その間に相原家のメンバーが揃い、

いつもの朝食がスタートした。

東子にきちんと宿題をしたのかと尋ねる浩美に、ふてくされて答える東子。

今日は午後から会議があると話す武彦に、頷く岳と敦。

あずさにとってはいつもの光景が、目の前にあった。



【6-5】



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