7 時間の活用法 【7-1】

岳の言うとおり、二人は『慶西大学付属病院』に到着した。

岳は駐車場に車を止めると、とりあえず病院内に入っていく。

受付まで進み、見舞いをするために来たと名前を告げ、

部屋へ連絡をしてもらうと、予想通り『30分待機』を命じられる。

岳は時計を確認しわかりましたと受付に話すと、外に出ようとあずさに声をかけた。

看護士や入院患者が歩く、広めの庭にあるベンチ。岳はそこに座る。

上着を脱ぐと、ベンチの横に置いた。


「さて、宮崎さんの『肩もみ』に関する持論を、立証してもらいましょう」


あずさは『わかりました』と答えると、自分のバッグをベンチの横に置く。


「では、始めます」


あずさはそういうと、岳の両肩を掴んだ。

そして両手を動かし始める。

東子の言っていた通り、確かに岳の両肩は予想以上に凝り固まっていた。

実家の父や、祖父も肩こりのある人だと思うが、それとは比べものにならない。

それでもじっくり親指でツボを探しながら、少しずつ場所を動かしてみる。

30歳くらいで、これだけの状態になってしまうのは、

それだけ大変な毎日を送っているということだろうかと、

あずさは岳の背中を見ながら考えた。

目の前をのんびりと鳩が1羽歩いていく。

すると猫が植え込みの間からいきなり顔を出した。

鳩は驚き、バタバタと慌てて羽ばたいたが、猫は鳩などどうでもよかったのか、

その音や動きには動じず、大きな庭石の上で、ひなたぼっこをし始める。

あずさも岳も黙ったまま、静かな時間が流れた。


「疲れないのか」


初めてから2分ほどすると、岳があずさに声をかけた。


「大丈夫ですよ、まだ。これでも、力加減を調節しながら、
自分の指も休めていますので」


あずさはとある箇所を動かしたときの、岳の首筋の変化に気付く。


「今のところ、痛くないですか」

「……ん?」


岳は『どうだろうかと』首を傾げる。

あずさはまた少しずつ指を移動させた。


「幼い頃、よくおじいさんから玉子さんの話を聞かされた。
戦争という大変な時代を、女性一人必死に生きて、
決して恵まれているわけではない自分の運命にも、弱音を吐くことなく、
前を向き続けた人だと」


あずさは、『橙の家』でいねむりをする玉子を思い出す。


「それに比べ、学びたいことがあったのに、別の学校に行かされたとか、
従兄弟が亡くなったから、身代わりになったとか。
おじいさんは自分がいつも、不満ばかり言っていたと、
玉子さんと連絡を取るたびに反省して、
そして、ひとつずつ運命を受け入れていったってね」


あずさは玉子にとっても、庄吉は大切な人だったと、そう話す。


「一昨日、『青の家』で庄吉さんにお会いしました。品のある方で、
優しくて、でも、とても強い方だと、そう思えて」


岳は、確かにそうだと頷いていく。


「玉子さんのことを『永遠の女神』だって、そう言ってくれました。
それを聞いて思ったんです。玉子さんにとっても、きっと、
庄吉さんは『永遠の王子様』だったのではないかと」


絵本の中にいて、いつも輝く『王子様』を、庄吉に見ていたはずだとあずさは笑う。


「どうして笑うんだ」

「だって、あまりにも『乙女チック』かなと」


あずさは戦争で亡くなったひいおじいさん、一郎の話も玉子はよくしてくれるのだと、

岳に話していく。


「なんだろう、ひいおじいさんとは違って、玉子さんにとって庄吉さんは、
触れたらなくなってしまうような……
いつも見ていられたらそれで満足できるような、そんな存在だったのかなと」


あずさはそういうと、自分の想像ですけれどと話を終わらせる。


「でも、もし、庄吉さんと玉子さんが結婚していたら、
私も岳さんもこの世にいませんよ」


あずさは、不思議なものですねと言いながら、しっかりと指を動かし続ける。


「肩、もういいよ」

「いいのですか?」

「あぁ……そろそろ病室に行かないと。30分待てと言われても、
それ以上待つことを嫌う人だからね」

「そうですか……。それじゃ、私はここにいます。あったかいし」

「そうか。そうだな」


岳はそういうと、横に置いた上着を取り、すぐに着始める。

思い込みかもしれないが、自分の肩が軽く感じられた。


「なぁ、戻れるように車のカギを渡そうか」

「いえ、大丈夫です。少し考えたいことが出来ましたから」


あずさはそういうと、軽く散歩してきますと歩き始める。

岳は両肩を一度を動かすと、見舞わなければならない人の病室に向かった。





その日、あずさは見舞いを終えた後も、岳と一緒に『BEANS』へ向かった。

『経営企画』の中でも、岳がいる9階に連れて行かれる。


「あの……」

「何」

「私、廊下にでも立っていたらいいのでしょうか」

「そんな必要はない。重要な会議のときには外してもらうけれど、
別に部屋にいても、邪魔をしなければ問題ないだろう。してもらうと助かる雑務も、
結構多い」


岳は地下の駐車場に車を止め、そのまま通路を歩き、受付の前に来た。

あずさはただ、遅れないようについていく。


「企画の相原だけど、預かってもらっているかな」

「はい」


受付の女性は岳の言葉に、すぐ1枚のカードを差し出した。

そこには『宮崎あずさ』と書かれたグリーンのカードが、ケースに入っている。


「はい」

「あ……これ、『ありがとうカード』ですか」


あずさは、初出社の日、『アカデミックスポーツ』のメンバーが持っていたと、そう話す。


「あれは社員食堂のみだ。これは社内用。宮崎さんが俺と同じ場所に入るのに、
これがないと、いちいちセキュリティーが動く」

「あ……はい」


あずさはなくさないようにと、首にカードをかけた。

そして岳の後ろを着いていく。

エレベーターは4階から、下に向かってくる。


「なぁ」

「はい」

「何か考えることが出来たと言っていたけれど……」

「あぁ、はい」


あずさは、空いているスペースの活用法を考えていたと、そう岳に話す。


「空いている?」

「はい。朝、うかがった『リフレッシュ……』」

「『リラクションルーム』」

「そうです。そこを利用して何かをと」


あずさはせっかくの防音設備ですからと、エレベーターが下りてくる印に目を動かす。

岳は、追い込まれた状態にいるはずのあずさが、楽しそうにしている表情を見た後、

もう一度両肩を動かした。



【7-2】



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