7 時間の活用法 【7-2】

『BEANS』にとって、利益をあげる心臓とも言える仕事場。

それが岳のいる『経営企画』だった。

日本の優秀な大学、『桜北』や『慶西』など卒業したり、

さらに岳のように大学院まで進んだ社員も多い。

そのため、自分の才能にはみな、それなりの自信も持っている。

あずさは、全体から注がれる、『どうしてあなたがここにいるのか』という、

明らかに冷たい視線を感じながら、逃げることも出来ずその場に立つ。


「突然何事かと思うだろうが、彼女は宮崎あずささん。向かいのビル、
『アカデミックスポーツ』の社員だ。が、ちょっと色々とあり、
3ヶ月、私のそばで仕事をしてもらうことになった。気にするなと言っても、
気になるだろうが、みんなはいつもどおり活動してくれたらそれでいいので」


岳の同僚、部下とも言える社員たちが、あずさのことを好奇の目で見続けた。

あずさは立ち上がると、名前を名乗り、

とりあえず『よろしくお願いします』と頭を下げる。

その部屋の一番奥にいた千晴は、あずさの正体を知っていただけに、

怪訝そうな顔を見せる。

千晴は隣にいる社員にファイルを渡し、岳の話が終わったことがわかると、

すぐに5階にいる敦のところへ向かった。

あずさが東京に来てまだ数日しか経っていない。

それなのに、岳との距離は、あまりにも近く思えた。

千晴が中をのぞくと、敦は賃貸管理を行っている営業所に連絡を取っていた。

千晴は敦の視線に入るような場所に立ち、軽く手を振ってみせる。

敦は上目遣いで千晴を見たが、視線を下に戻ししばらく電話をし続けた。

相手と話しが続いているのか、時々首を縦に振る。

目の前にいることはわかっているのに、敦は視線を向けようとしない。

千晴は、敦の前にある空いた椅子に腰掛け、何をしているのかと覗き込んだ。


「何これ」

「何って仕事だけど」

「仕事ねぇ……。営業所のことなんて、いちいち気にしていなくていいでしょう。
そんなもの下の人にさせたら」


千晴は、敦の目の前で、人差し指を下に向ける。


「何を言っているんだろうか。僕はその『下』そのものの社員です。
入社してまだ2年目ですし」


敦は用はなんですかと、そっけなく千晴に言う。


「ねぇ、あの、会長が呼び寄せた娘。どういうことなの、岳にぴったりついていて」


千晴は、どういう経過であんな形になったのかと、敦に聞こうとする。

敦は、『アカデミックスポーツ』のために、彼女が3ヶ月、

岳の『肩もみ』をするのだと、そのままを語った。


「肩もみ? 何それ」


千晴は、ふざけたことを言わないでくれと、敦に言い返す。


「ふざけてなどないし、千晴さんには関係のないことだ。
兄さんにも兄さんの考えがあって……」

「私は岳のことを気にしているわけじゃないの。敦のことを言っているの。
会長のお気に入りなのでしょう。岳に近づけてどうするのよ。
ますます差がつくじゃない。機嫌を取るためにも、
あの子のことは自分に近づけておいたほうが……」

「僕には関係のないことなので」


敦は、千晴が来るといつもこんな話だと思い、途中で席を立ってしまう。

千晴は敦の態度を見た後、『はぁ……』と息を吐き出した。

これ以上、あれこれ言っても、同じことを繰り返すだけだろうと千晴も立ち上がる。

部屋を出て行く前にもう一度敦の方を見てみたが、完全に背を向けていた。



千晴がエレベーターで9階に戻ろうと思い歩いていると、

パタパタと音をさせて、階段を降りてきたのはあずさだった。

そばに岳がいるのかと思い見てみるが、その姿はない。

あずさは千晴に軽く頭を下げると、横を通り過ぎる。


「宮崎さん」


突然、声をかけられたあずさは、その場に立ち止まり振り返った。

千晴にとっては、会長がなぜか目をかけている女性というイメージがあるが、

あずさにとって千晴は、何も情報がない。


「はい……あの」

「急に声をかけたりしてごめんなさい。川井千晴と申します。
敦や東子の母、浩美は私にとって伯母になるの」

「浩美……あ、相原の」

「そう、なので、あなたが相原家に来るという話を聞いていたものですから」


千晴はそういうと、『東京はどうですか』とあずさに尋ねる。


「まだよくわからないですが、とりあえず頑張ろうかと」

「とりあえず」

「はい。3ヶ月で出来る限りをしないと、その先が危ういので」


あずさはそういうと、『よろしくお願いします』と頭を下げる。


「いえ、こちらこそ」


千晴はそれだけを言うと、エレベーターのボタンを押す。

あずさは少しだけ首を動かし、千晴の後姿を見た。

千晴には、浩美が伯母と言われたが、あまり似ているとは思えなかった。

それでも、スタイルがよく、華やかなイメージを持てた千晴そのものに、

あずさは『東京』を感じてしまう。

千晴を乗せるエレベーターが到着し、姿が見えなくなったため、

あずさは賃貸担当者の中に、敦の姿を探すことにした。

広さは岳のいる経営企画より少し狭そうに思える。

見つけた敦は、資料をホチキスで止めていた。


「敦さん」


かけられた声に、敦が顔をあげると、そこにはあずさが立っていた。


「どうしたの」

「すみません、ちょっと見せていただきたいものがあって」


あずさはそういうと、『アカデミックスポーツ』が入っているビルの、

展開図を見せてくれないかと言いだした。


「展開図?」

「はい。今朝、『アカデミックスポーツ』の使っていないスペースが、
実は『レクリエーションルーム』だと……」

「『リラクションルーム』のこと?」

「あ、そうです、それです。で、防音もされているしと岳さんに教えてもらって。
で、何か出来ないかなと考えたので」


あずさは広さとか、状態を見ることが出来たら、

活用アイデアが浮かぶかもしれないと、そう言い始める。


「カギは、柴田社長が持っていますよね」

「うん……」


敦は、あずさに言われた通り、『Sビル』の展開図を探し始める。

ファイルを見つけると、展開図と、設計図、必要な部分だけを取り出した。

あずさは、その両方を見ながら、

現在『アカデミックスポーツ』の本部となっている場所と比較する。

人差し指と親指の幅を広げ、それをそのまま横にずらしてみた。

見た目でも、『リラクションルーム』の方が、大きく感じられる。

敦は、指を左右に動かしているあずさを見ながら、ファイルを元の場所に戻す。


「宮崎さん。兄さんのところにいなくていいの?」


敦は、『肩もみ』は終わったのかとそう尋ねた。


「いえ、終わったわけではありません。携帯電話の番号を交換してあります。
だから、仮の社員証と一緒に、首にさげていて、
いつでも飛んでこいと言われてますけど」


あずさはそういうと、首に下げている携帯と社員証に触れた。

敦はそういうことかと納得し、自分の席に戻る。


「具体的に何を考えたの」


敦の言葉に、あずさは『聞いてくれますか』と顔をあげた。



【7-3】



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