7 時間の活用法 【7-4】

「もういいの? 『ケヴィン』の肩もみ」

「今日はOKになりました。岳さんが、1日に最低1回はこっちに戻って、
社員同士顔を合わせなさいって、そう言うので」


あずさは小原にそういうと、たそがれている柴田の前に立つ。


「社長、お願いがあります」


あずさは、未使用になっている『リラクションルーム』の鍵を貸して欲しいと、

柴田に頼んだ。



『アカデミックスポーツ』のメンバーは、あずさの後に続き、

すっかり忘れられていたスペースに入った。

どこかかび臭く、じめっとした感じは否めないが、

それは扉や窓を全て開けて、空気を入れ替えることで、徐々に解消される。


「こんなスペースだったのね、そういえば」


小原は『懐かしいわね』と言い、置いてあったテーブルに触れるが、

手に埃がついてしまい、慌ててはたく。


「私、初めて入った気がします」


ほたるは防音効果のある壁を、軽く拳で叩き、

小原は『あらそうなの?』と、すぐに反応する。


「今まで色々と考えていました。『パンチョ・ボンバー』にお願いして、
子供用の『体操ビデオ』とかはどうでしょう。ポロシャツとかタオルのように、
入会者、子供たちに買ってもらって……。撮影できませんかね、ここで」


あずさは両手を広げて、カメラや照明も置けるのではないかと提案する。


「うーん」


柴田は両手を軽く組み、複雑な顔をする。

あずさは、『パンチョ・ボンバー』に連絡し、引き受けてもらえないだろうかと、

思いを語りだす。


「そんなに人気なの? そのパンチョって」

「はい。子供たちは毎日見ているんですよ、番組。『ガラゴロドッカン』。
体操とか、あと簡単な団体遊びだとか、色々な幼稚園を訪問したりして。
だから、知名度は高いと思いますし」

「へぇ……」


小原は、Tシャツやタオルと同じように、

本社がそれぞれのジムに売って行けば利益になるかもねと、楽しそうに言い始める。

しかし、柴田の表情は、曇ったままだった。

あずさは、ダメですかと柴田を見る。


「宮崎さんのアイデアは、楽しいと思うけれど、
撮影にかかるお金は、タダではないしね」

「はい。それは……」

「正直、それを作って、身内に売りさばいたとしても、どれだけの収益かと思うと、
ちょっと踏み込めないな」


柴田は、大きく展開すると、失敗したときにも大きくなると、消極的になる。


「タオルやバッグなら、全員に持ち物として提供できる。
でもビデオはそうはいかない。相手が子供と年齢層も限られているし……
買いなおしもないだろう」


柴田の意見に、ほたるも『そうですね』と頷いていく。


「妙な冒険をして、引っ越しが出来なくなったら、私たちが困りますし」


少しだけ前向きだった小原も、すぐに弱気に戻った。

あずさはもう一押ししようとするが、全員のトーンが下がった状態に気付き、

それが正しいのかわからなくなってしまう。

その日は、部屋の広さを見ただけで、具体的な話に進むことはなかった。





勢いよく、『パンチョ・ボンバー』の名前を出したあずさだったが、

空想の状態から抜け出すことにはならず、それを具体的にするために、

どこに話をすればいいかもわからなかった。

敦から千晴のことを聞き、尋ねてみようかと思ったが、

この数日間、『BEANS』に顔を出しても、千晴には会うことが出来ないままになる。

あずさは食卓を拭きながら、とりあえずタレント名鑑でも購入し、

ダメで元々と思い、電話を直接かけるべきなのかと考え出す。


「どうですか、あずささん。お仕事の方は」

「あ……はい。なんとか」


あずさは、台布巾を滝枝に戻す。


「そうですか。でも、岳さんには、とても大きな効果があると思いますよ」


滝枝はそういうと、近頃、岳が首を回したりしなくなったと、そう話す。


「昔は、電話をしているときでも、本を読んでいるときでも、すぐに肩を動かしたり、
首を回したり、手で肩を押さえたり。そんな仕草を見かけていましたけれど、
近頃、あまりしなくなっていて」


滝枝は、毎日、あずさが『肩もみ』を続けてくれていることで、

ほぐれてきているのかもしれませんねと、笑ってみせる。

それならいいですがと、あずさも笑いながら、朝食の準備を開始した。





今日はいつもよりも遅い出発でいいと言われ、あずさが車に乗ったときには、

すでに10時を回ろうとした頃だった。岳はエンジンをかけると、

いつものように道路に向かう。

あずさは、また別の人の見舞いにでも行くのだろうかと思いながら、

今にも雨が降り出しそうな空を見た。


「『アカデミックスポーツ』は、1週間経って何か動き出したのか」

「動き出すのかなと思いましたが、なかなか難しいです」


あずさはそういうと、空は昼まで持つのかなとつぶやいた。

岳は隣にいるあずさを見る。


「今の『アカデミックスポーツ』には、なんとか制作費を出すことは出来ても、
作るものを内部にさばくくらいの内容では、タレント事務所側の、
OKが出ない可能性が高いな」


岳の言葉に、あずさはどうしてやろうとしていることがわかるのだろうかと、

驚きの眼差しを向ける。


「タレントは自分が活動することで、どれだけの付加価値がつくのか、
そこを大事だと思っているはずだし」

「付加価値ですか」

「そうだ。仕事をもらった、終わった。それでは価値がない。
向こうは、この仕事をしたことで、他にどういうものを生み出せるのかを考える。
それに、CMで見たことがあるよというタレントで、少なくとも500万くらい必要だ。
それを回収し、さらにプラスに持っていけるだけの要素があるのか、
考えたら一目瞭然だろう。1週間悩む価値もない」


岳はそういうと、さらにアクセルを踏む。


「あの、ちょっと待って下さい。私、岳さんに何も話していませんよね。
どうしてそこまで。あれ? 柴田社長と話しました?」

「交渉に出かけてから、柴田社長には会っていない」

「……だったら」

「宮崎さんが、敦のところに行って、『Sビル』の図面を持っていったこと、
そこで『パンチョ・ボンバー』の名前を出していたこと、
場所が『リラクションルーム』であること、それを積み重ねたら、
計画しようとしたことが、子供向けのものだということくらい誰でもわかる。
だから、今、言ってみただけだ」


岳は、こんなものだろうと、横にいるあずさを見る。


「こんなものって……まぁ、そんなものですが」

「あれから1週間だ。同じ箇所をグルグル回っているのは時間の無駄になる。
だから今、話をした。思いついた時点でさっさと披露していたら、
その場で全て打ち消してやったのに……」


岳はそういうと、左にウインカーを出す。


「時間の無駄ですか」

「あぁ……1日は24時間、単純計算で1ヶ月は720時間。
それを3倍するのが、君たちに残された時間だ。
しかし、眠らないわけにはいかないので、半分12時間を使ったとして、
結局1000時間くらいしかない」


あずさは考えを打ち消され、さらにあれこれ言われることに、

気持ちが落ち込み始める。岳にかかったらこんなものだろうと思いながらも、

やはり、全否定されるのは、嬉しいものではなかった。


「あの……行き先は、この間の病院ではないのですか」


話題を変えてしまおうと、自分から行き先を尋ねる。


「今日は病院じゃない。『三国屋』だ」

「『三国屋』ですか」


あずさは、名前は聞いたことがあるけれど、行ったことがないとそう話した。

岳は何も言わないまま、走り続ける。


「買い物ですね」

「宮崎さん、君が持っているスーツは2着なのか」


岳の言葉に、あずさは自分の姿を見た。

確かに、スーツとして揃っているのは2着だけれど、スカートは別にあるし、

中に着ることが出来るものは、数点持っている。


「はい。スーツは2着です。今までの仕事では必要がなかったですから、
こちらに来る前にそれでも1着買いました。あとはスカートを変えたり、
中に着るものでアレンジしたり、『アカデミックスポーツ』のみなさんも、
だいたいこんな感じだと」


車は流れに乗ったまま走り続け、『三国屋』の駐車場に入っていく。

あずさは『三国屋』本店の地下に、初めて入った。



【7-5】



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