9 立ち位置の違い 【9-4】

千晴が『モデル』になろうとしていたのは、人に認めてもらいたかったからだった。

小さい頃から、親や親戚にかわいいと言われて育った千晴は、

自分ならば芸能界に出ても、すぐに上にいけると信じていたが、

そんな人ばかり集まった世界で、結局、花を咲かすことが出来なかった。

『あと1年』と頑張ればと粘ろうとしたが、事務所が力をいれるのは、

自分より年下の女の子ばかりになる。

千晴は、自分が輝ける場所を求め、『BEANS』に入ることに決めた。


『大手企業の経営者一族』。


持ち合わせた美しさで、始めは岳にターゲットを絞ってみたが、

岳は『遠い親戚』以上の感情を自分に見せることなく、年数を重ねていく。

千晴はそれならば敦を上に立たせ、自分も一生、その一族としての輝きを保とうと、

気持ちの方向を変えた。エレベーターで9階まで戻り、外が見える窓の前に立つ。


「川井千晴さん……だよね」

「えぇ……何か」


千晴に話しかけたのは、岳がリーダーを務める『経営企画』の中に、

昨年の秋、途中入社してきた、『石井泰成(やすなり)』だった。





「美味しい、これ」

「ですよね」


1日に1回の『アカデミックスポーツ』タイム。

あずさは小原にお茶を入れてもらうと、社長の柴田やほたるにお土産を食べてもらった。

小原はあずさの姿を見ながら、お茶を飲む。


「いいわね、宮崎さん。『ケヴィン』とパーティーだなんて」

「すみません……」


あずさの謝罪に、小原は怒っているわけではないのよと、笑い出す。


「若いっていいなと、そう思ったの。いつもほら、地味なスーツでしょ。
こうして華やかな色を着ると、宮崎さん、とってもかわいらしい」

「そうだね、本物の150%に見えるよ」

「そういう言い方は失礼ですよ、社長。120くらいにしてください」


いつものようなピントがずれた小原と社長の会話を聞きながら、

あずさは持ってきたケースを開ける。


「今日はこれを持ってきました。今から隣の部屋で思い切り吹いてみます。
『防音』が今でも機能するのなら、ちょっと考えが浮かんで」


あずさはそういうと、カギ置き場から隣の鍵を取る。


「『クラリネット』じゃないの。何をする気なの? 宮崎さん」


あずさが考えたのは、隣の部屋を『貸しスタジオ』にすることだった。

地図で確認すると、東京でも有名な音楽大学が、

この駅から3つの場所にあることがわかり、不動産屋でも、

楽器が使えるマンションなど、実際に間取りが公開されていて、

実際、探している学生も多い。

しかし、特別なつくりを持ったマンションは数も少なく、賃料も当然だが高い。

それならば、近所で練習する場所があれば、利用する人がいるのではないかと、

そう考えた。


「元々、今入っている会社も事務所も、夕方にはみなさん仕事が終わります。
つまり、夜の7時くらいから、朝の8時くらいまで、このビルは無人なんです」


あずさは周りもオフィスのため、気兼ねなくドラムを叩いたり、

ギターなども弾けるのではないかと、そう分析する。


「貸しスタジオね」

「はい。私の持っている『クラリネット』のような管楽器もいいですし、
エレキギターのようなものも。ここなら、バンドのメンバーが集まって、
5人で練習とかも出来ますし」


広さからいっても、それくらいあると、あずさは手を広げた。

話を聞いた柴田は、そういえば昔、『ジャス演奏』を聴いたことがあると話し出す。


「ジャズですか」

「そう……相原会長が音楽を好きな人でね。
社員がいつも緊張して仕事をしているから、たまにはそんな音楽を聴きながら、
コーヒーを飲んだりする時間も必要だって、
そうそう、駆け出しのバンドに声をかけたりして、生演奏もあったりしたよ」


柴田は、当時、高校生くらいだったかなと、思い出に思わず微笑んでしまう。


「優しい方ですよね、会長は」


小原も、まだ庄吉が本社に出入りしていた頃のことを思い出していく。


「岳さんに、もう少し……優しいところがあれば……」

「そうですか? 案外、優しいですよ」


柴田の言葉に、あずさは無意識のまま、言葉を乗せていた。

小原もほたるも、口をポカンとあける。


「岳さんも優しいですよ。私も最初は圧倒されましたけれど、
一緒に行動しているとよくわかります。強いことも言うけれど、
決して意地悪ではないですし、相手の気持ちも聞いて、納得できたら謝ってくれますし。
あ、そうです、たいした演奏でもないのに、
クラリネットもちゃんと聴いてくれましたし……」


あずさは、そこまで言ったところで、初めて周りの様子に気付く。

『岳が優しい』ということがおかしいのではなく、『そこを強調した』あずさに対して、

どういう反応を取ったらいいのか、わからない顔つきをされる。


「……っと、確かに、その数倍厳しいですが」


慌てて、意見をつけたしてみるが、その妙な空気感は戻らなくなる。


「隣で演奏します!」


あずさは手をあげると、空気を変えてしまおうと、『クラリネット』を持ち、

隣の『リラクションルーム』に移動した。



あずさの演奏を聴きたいと、小原は一緒に隣に移動し、ほたると柴田は事務所に残った。

『防音』の効果がどれほどなのか、それを身を持って体験することになる。

あずさは小原の年齢を考え、『Sweet Memories』を吹いてみる。

小原は嬉しそうに、時折、手で音頭取りのようなことをしながら聴いてくれた。

その後も、数曲、音の高いもの、低いもの、それぞれ選んで吹いてみる。

その結果。


『貸しスタジオ』としても、十分使える。


メンバーはそういう結論を導き出した。



【9-5】



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