9 立ち位置の違い 【9-5】

「となると、どういう形にしましょうか」

「ネットに広告を出しましょう」


ほたるはホームページに出せばいいのではないかと、意見を言うが、

柴田は、『アカデミックスポーツ』に興味を持つ人と、対象が違うだろうと否定する。

かといって、大々的に宣伝するわけにもいかず、また静かな時間が訪れる。


「それに、このビルがほぼ空になる午後7時から使用させたとして、
誰もいないわけにはいかなくなるだろう。鍵を管理しなければならないのは、
うちの仕事だし」


柴田の意見に、小原もほたるもその通りだと頷いていく。


「みんなで順番に遅番をしましょうか。夜11時までとして、その代わり、
午後から出社にして……」


ほたるの意見に、柴田が反応する。


「それなら、遅番は私が引き受けよう。その代わり、午後から出社にしてくれたら、
体も楽だし」


柴田は、新たな加盟店が出来るような話し合いの時には、

その時間に来るようにすると、『貸しスタジオ』担当を引き受ける。

あずさは、毎日、『肩もみ』として岳と行動を共にしているため、

その役割に参加できないのが、どうも納得いかなくなる。


「私、日曜日に来ます」


日曜日は、入っている会社が全てお休みのため、

朝からでも貸せるはずだとそう言った。



『貸しスタジオ』について話し合っていると、時間が夜の8時を回ったため、

とりあえず、明日までそれぞれがしっかり考えてくることになり、今日は解散となった。

あずさは、小原と一緒に駅に向かう。


「宮崎さん」

「はい」

「宮崎さん、『バラの庭で会いましょう』を知らないって言っていたわよね」

「エ……あ、はい」


『バラの庭で会いましょう』というのは、少女漫画のようだが、

30年ほど前の作品のため、あずさは読んだことがなかった。

小原は、主人公の相手役となった『ケヴィン』という王子様が、

岳に似ていると思っているため、いつも影で岳を『ケヴィン』と呼んでいる。


「その漫画の主人公は、田舎でお花を育てる優しい娘さんなの。
村に訪れた王子様の『ケヴィン』が、道に迷ってしまって。
偶然、彼女が助けてあげることから『恋』をするわけ。
もちろん最初は身分違いだしって、まぁ、お決まりの反対があったり、
邪魔な人が出たりするけれど、それを二人は『愛』で乗り越えるのよ」


あずさは、そうなんですねと小原の話を聞き続ける。

『バラの庭で会いましょう』とは違うが、今でも、女子学生の好む漫画は、

色々と問題があるが、結局二人の絆が試され、結ばれるパターンが多いとそう思う。


「でも、現実はそうならないはずだから……」


小原はそういうと、あずさを見た。

あずさは、どういう意味なのかわからないが、一応小さく頷く。


「宮崎さん、『ケヴィン』を好きになったらダメよ。漫画のように、
いろんな障害が、全て流れちゃうことなんて、実際にはなかなかないのだから」


あずさは、少し前に岳のことを『優しい』と表現したことで、

小原に勘違いされたと思い、そんなことはないですからと両手を振って否定する。


「それは違います。私、そこまで無謀な性格ではないですよ。
岳さんは『BEANS』の次期社長ですし。とても、とても……
金銭感覚の違いも、考え方の違いも、日々痛感していますし……」


あずさは、今言える全ての『否定』を小原にぶつけていった。

小原はそれを聞きながら、だったらいいのと笑顔を見せる。


「ごめんね、私も意地悪で言っているわけではないのよ。
全然、レベルは違う話なんだけどね。私にも娘がいて……学生時代に、
ある大手自動車メーカーの重役を務めている人の息子さんと、恋愛して……」


小原は、互いに結婚を約束し、娘さんはそれを信じていたのだが、

就職して1年もしないうちに、別れることになり、

その彼はそれなりの女性と結婚したのだと、話し出した。


「『結婚をする』って約束したのではと、娘は彼に話したけれど、
彼は、そんなことは言っていないって……。会社に入って、自分の立場を理解して、
そうなると、結婚もステップの一つだと、思えるようになったのでしょうね。
愛だの恋だので、はかれないところが、人生にはあるわけだし」


小原の娘さんは、そこから立ち直ることが出来ず、

しばらく仕事も出来ない状態になってしまったと言う。


「娘は、振り切るのに10年かかった。年齢も30も過ぎてしまって、
やっと気持ちが切り替わって……。相手の人が勤めているのは大手メーカーだから、
コマーシャルも放送するでしょ。それだけで急に泣き始めたり、気付くと、電車に乗って、
知らない場所まで行っていたとか、色々とあったのよ。
それを乗り越えるのに、10年。長いでしょ」


小原は、そこまで話をすると、自分の娘と宮崎さんは違うわねと言い、

今話したことは、忘れてちょうだいと両手で目の前を拭くような仕草を見せる。


「宮崎さんは、相原会長が招待したお客様だもの、うちの娘とは違うものね」

「そんなことはないです……」


あずさは、小原の母心がわかるだけに、『ありがとうございます』と頭を下げる。


「大丈夫です。正直、『アカデミックスポーツ』の状態が、
このようなものだとは知らずに、相原家にお世話になっていますが、
そう長くいるつもりはないですし。東京が少しずつわかりだしたら、
きちんと一人で暮らすつもりですし」


あずさは、出来たら『アカデミックスポーツ』で仕事をしていたいけれどと、そう話す。


「そうよね、せっかく本部に採用されたのだもの。うん、頑張りましょう。
この3ヶ月の時間を、無駄にしないように」

「はい」


小原とあずさは、互いに顔を見合わせ笑顔になると、

それぞれのホームに行くため、改札で別れることになった。



『宮崎さん、『ケヴィン』を好きになったら、ダメよ。漫画のように、
いろんな障害が、全て流れちゃうことなんて、実際にはなかなかないのだから』



電車に揺られながら、あずさは小原のセリフを思い出していた。

岳のことを、『好きだ』という感覚は持っていない。

しかし、正直、もっと嫌みの強い人間ではないかと思っていただけに、

その内面が見える位置にいることによって、イメージが変わっていることは確かだった。

あずさは流れていく景色を見ながら、

やはり、なるべく早めに、相原の家を出た方がいいだろうと、そう思い始めた。





相原の家には、浴室が2箇所ある。

昔、まだ庄吉がここに住んでいた頃は、客を招くことも多かったため、

浴室も家族用と招待客用という形に分かれていた。

そのため、子供たちが幼い頃には1箇所のみの使用だったが、

東子が中学生になった頃、『2箇所』の復活を強く望み、その頼みに負けた武彦が、

浴室を改装し、今は男女の浴室として、分かれることになった。

武彦、岳、敦の利用する場所と、浩美、東子、そして住み込みで働く滝枝、

さらに現在は、あずさもその中に入っている。

家に戻る順番があるため、あずさは女性陣の中で最後か、その前になることが多い。

着替えとタオルを持ち、部屋から廊下を進んでいく。

何気なく顔をあげると、目の前に岳がいた。

もちろんズボンは履いているが、上半身は裸のまま、肩にタオルをかけた状態で、

あずさの方に近付いてくる。

あずさは、思いもよらないときに、『男性の肌』を見てしまい、

どこに視線を持っていいのか、わからなくなってしまった。


「あ……宮崎さん」

「すみません、あの……失礼します」


あずさは視線を岳から外し、あまりにも息のしづらい場所から、

1秒でも早く、逃げようとする。


「ちょっと……」


自分があずさにとって、刺激的な格好をしていると思っていない岳は、

声かけを無視しているような態度に、思わず腕を引く。


「は……はい?」


あずさは、緊張のあまり、妙な声を出した。

岳は、目の前で『真っ赤』になっているあずさを見る。


「ん?」

「あの……何か」


あずさは顔をそらしながら、声だけを送り出す。


「あ、うん。明日は1日中打ち合わせと、現場の確認があって大変なんだ。
だから、『肩もみ』は免除と言うつもりだったけれど、どうした……顔が赤い」


岳は、あずさが熱でもあるのではないかと、1歩近付いた。

あずさは、すぐに1歩後ろに下がる。


「はい、了解です。ですので、結構です」


あずさは岳にあらためて『了解です』と頭を下げ、そのまま風呂場に急いだ。





【ももんたのひとりごと】

『立食パーティー』

はるか昔のことではありますが、私もそんなものに出たことがあります。
あずさではないですが、本当にこれでいいのかと、周りを見ながら、
食べたり飲んだり。2時間も立ってなんて疲れるよと思うのですが、
これが不思議。気持ちが食べる、飲むに集中しているからなのか、全然疲れないの。
今は、そんな華やかな場所からは、遠ざかりましたね……(遠い目)




【10-1】



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