11 一生の夢 【11-4】

岳は、あずさとの電話を切った後、提出した資料を机の上に置いたまま、両腕を組んだ。

頭の中ではあずさを呼んだこともわかっていたのに、体が勝手に動き出してしまう。

『経営企画』を出ると、そのままエレベーターを使い、社長室へ向かう。

会議が終了してまだ30分も経っていないのだから、部屋にいるはずだと思い、

岳はドアをノックした。

中から武彦の声がしたため、岳はそのまま中に入る。

そこには、『BEANS』の副社長として、長い間仕事をしてくれている安藤と、

土地関連を担当している役員の2名が座っていた。

どちらも岳がまだ中学生の頃から、会社で力を発揮している。


「どうした」

「理由を聞かせてください」


岳は、『BEANS』を動かしている4名のを目の前にして、そう言った。

会議の結果、『BEANS』が狙うのは『稲倉』ではなく、

そこよりも少し海側に近い『岸田』という場所に決まったからだ。

元々、どちらかにという話しは出ていたものの、岳にしてみたら、

どう考えても『稲倉』の方が条件もいいと思い、自信を持ってきた。


「理由は今、会議でも話しただろう」

「納得出来ません。なぜ、『高岩建設』の顔色を伺って、
あえて『稲倉』をはずす必要があるのですか」


岳は、これはビジネスで、手をつないで遊んでいるわけではないとそう強く訴える。


「岳……」

「社長は、『高岩建設』よりも、うちの方が劣っているとでも思っているのですか」


社長を始めとした『上』の決定にも関わらず、堂々と歯向かう岳の態度に、

そばに座っていた役員の2人が、顔を見合わせる。


「戦わずして負けるのは、好きではありません……」


岳はそういうと、『稲倉』に対して、もう一度考え直してもらいたいと、

あらためてそう訴えた。



その頃、岳の呼び出しに慌てて飛んで来たあずさは、

本人のいない空っぽの席を見ていた。

休憩室だろうかと思い場所を移動したが、誰もいなかったため、どうしようかと考える。


「宮崎さん」


振り返ると、立っていたのは敦だった。

敦は分厚い青のファイルを左の脇に挟むようにして持ちながら、近付いてくる。


「敦さん……」


あずさは、今、岳に呼ばれたから来たのに、本人が席にいないことを話した。


「休憩室は」

「今見てきましたけれど、いなくて」

「そうなんだ。なんだろう……呼び出しておいて、外に出ることもないだろうし」


敦はだとするとどこだろうかと、周りを見るが、岳の姿は見つからない。


「とりあえずここで待っています。コーヒーでも買いに行ったのかもしれませんし」

「うん……」


敦は廊下に立っていようとするあずさを見た後、その場を離れようとするが、

足はまた戻ってしまう。


「宮崎さん、それなら少し手伝ってもらえないかな。
兄さんが戻ってくるまででいいから」

「……手伝いですか」

「うん」


敦の誘いに、あずさは岳が本当にいないのかあらためて確認する。


「ちょっと待ってください」


あずさは、岳のデスクにあったメモを1枚切る。

『敦さんの所にいます』と伝言を残すと、わかりましたと後をついていった。





あずさがついたのは、5階にある『賃貸部門』の部屋だった。

敦は持っていたファイルを棚の中に入れると、席に戻る。

机の上には、何やら書類が置かれていた。


「実はこれ、うちの管理ビルにお知らせとして出す封筒なんだ。
ここにある3枚の用紙を1枚ずつ入れて、封をしてという作業なのだけれど、
頼んでもいい?」


敦は、大丈夫だろうかという目であずさを見る。

あずさは、A4サイズで、内容の違う用紙が3種類あることを確認した。


「任せてください。この3種類が1セットってことですね」

「そう……」


あずさは、頑張りますとガッツポーズをしてみせた。

あらためて敦の周りを見ると、席はあるもののほとんど人がいない。


「みなさん、外回りですか」

「うん……『賃貸部門』にも、内部勤務と外周りの勤務があって」


敦は、ここは入社まもない社員たちが、『BEANS』の建築を学ぶことと、

土地の情報をつかむためにいるのだと、そう話していく。


「土地の情報……ですか」

「そう。分譲の候補地を探すといっても、いきなり飛び込みばかりじゃないんだ。
賃貸物件の中で大家さんと知り合って、その地域の情報を得ることもあってね。
どんな場所なのか、住んでいる人たちの生活層はどういうものなのかとか、
将来企画や営業に向かった後、知識が生きるし」


敦はそういうと、用紙を入れるための封筒を置く。

あずさは右手で1枚目の紙を取り、作業をスタートした。

人が少ない分、会話がなければ音もあまりしない。

敦は、何も話をしないままあずさに作業をさせるのもと思い、

先日、『翠の家』に庄吉と向かった話をする。


「『翠の家』に……えっと、たしか東京でも奥の方でしたよね」

「うん……本当に名前の通り、緑の木々があって、
川の音も聞こえてくるような場所だった」

「そうですか」


あずさは昨日、広夢がそこに行ったと話していたことを思い出す。


「実は、地元から東京に出てきている友達の彼が、
『翠の家』に業務用の冷蔵庫を入れる仕事で行ったことがあると、
そういえば話していました」


あずさは、友達も、その会社に勤務しているのだと、話を続ける。


「へぇ……。業務用の冷蔵庫か」

「はい」

「そういえば、僕もね」


敦はそこで『幼なじみ』と再会したことを話していく。


「染物をしていて、入居者に教えに来ていたんだ。僕が行く前に、
彼女の方が覚えていてくれて、会長に敦君は元気かって、聞いてくれて」

「へぇ……染物ですか、素敵ですね」

「そういえば、宮崎さんのおばあさんも、どこかホームに入っていると……」

「はい。群馬にある『橙の家』です。
ちなみに祖母ではなく、ひいおばあちゃんということになりますが」


あずさは、玉子と言いますと、お話しが好きだけれど、

すぐ寝てしまうのだと、そう説明する。


「そうなんだ、ごめん、間違えて」

「いえいえ、ごめんなさい。本当はどっちだっていいんです。
私自身、玉子さんと名前で呼んでいて、どっちだったか迷うくらいですし」


あずさは紙を折りながら、『橙の家』では体を使って音楽を演奏する人たちが、

よく来てくれるのだと話す。


「みなさん子供のように楽しそうなんです。作品を作ったり、そう……
その演奏の時も……」


敦の話から、あずさが玉子のことをさらに語ろうとしたとき、

首にかけていた携帯が、また鳴りだした。


「兄さん?」

「……そうみたいです」


あずさは、せっかく敦と楽しそうな会話が続きそうなのにと思いながらも、

とりあえず封筒と用紙を元の場所に戻す。


「どれくらいなのかわからないですけれど、また帰りにのぞきます。
終わっていないようなら手伝いますからね」


あずさはそういうと、エレベーターの前に向かったが、

ちょうど下に向かってしまった後のため、待っているよりも速いと、階段を上がりだす。

敦は、あずさの顔が見えなくなってから、携帯電話を開いた。


『古賀涼子』


敦と涼子は、この間、久しぶりの再会に、互いの携帯番号を教えあった。

敦はアドレスを呼び出し、『青の家』に行く予定がいつかと、そう文章を打ち込んだ。



【11-5】



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