11 一生の夢 【11-5】

あずさが岳のところに戻っていくと、明らかに機嫌が悪いということを、

顔に書き記している状態だった。あずさは声をかけようと思ったが、

岳は前にあった書類の紙を左手で握りつぶし、ゴミ箱に捨ててしまう。


「あの……」

「どうしてウロウロしているんだ。敦のところに行って、仕事の邪魔でもしてきたのか。
また期限でも延ばせないかとあれこれ言って」


岳はそういうと、あずさを見た。

あずさは『違います』と言おうとしたが、そのまま口を閉じる。


「俺が、いい状態で仕事が出来るようにしてくれること。
それが君の出してきた条件だろ。それなのに……」

「席を外していたのは、岳さんの方です」


あずさはそう言うと、呼び出されてすぐにここへ来たとそう話す。


「確かに、いつでもすぐに『肩もみ』が出来るようにしておきますと、
そう宣言しました。でも、岳さんがどこにいるのかわからない状態で、
会社内を探しまわることは出来ません。この広くて大きいビルの中、
名前を呼び続けるわけにはいきませんから。今、言われた通り、
待つということも考えましたが、敦さんの仕事を手伝っているというメモを残しておけば、
時間を無駄にしないと思いました。期限を延ばして欲しいなど、言っていませんし、
遊んでいたわけでもないつもりです」


あずさは、岳の目をしっかり見ながら、そう訴えた。

この場所にいなかったという自分に対してきつい事を言うのはまだしも、

あずさのことを考え、行動してくれた敦に対してのセリフは、

到底聞き流すことが出来なかった。


「何が起きたのかわかりませんが、敦さんは私に管理ビルの、
書類を作る手伝いをさせてくれていただけです。
また、身勝手に甘やかしたかのような想像は、しないでください」


あずさは、そこまで一気に話したが、そこで大きく息を吐く。

岳から言葉が何もないということに気付き、失敗したかもしれないという思いが、

だんだんと心の中に広がっていく。

一瞬、『アカデミックスポーツ』の事務所に、大きな鍵をかけられるという空想の絵が、

あずさの脳裏に浮かんだ。

岳は何も言わないまま立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとする。


「向こうに行こう」

「……はい」


あずさは岳の後をついていく。

岳が座ったのは、休憩室の椅子だった。

いつもの『肩もみ』体勢が、そこに整っていく。

黙ったままの岳の後ろに立ち、あずさは両手を肩に乗せる。

午前中にここで『肩もみ』をした時には、これほど岳の気持ちは苛立っていなかった。

書類をコピーした後の会議で、何かが起きたのだろうと思いながらも、

あずさはそれを聞いたりするような立場ではないため、ただゆっくりと肩を揉み続ける。


「どうして、その場所に指を置く」


岳は、2ヶ月の中で、あずさの揉み方にはパターンがあると、そう思っていた。

ローテーションになるときもあるが、今日はその動きが基準になっている気がする。


「最初の頃に気付いたんです。この場所を押すと、岳さんの肩がグッと動いて」

「肩が」

「はい。私はプロではないので、あくまでも自分の感覚ですけれど、
でも、体がそう反応してくれるのだから、ツボなのかもしれないなとそう思って」


あずさは、せっかく肩を揉むのだから、

『相手が求めていること』を叶えられたらいいと、そう話す。

岳は黙ったまま、あずさの肩もみを受け入れていく。

思わぬ会議の結果に、苛立っていた岳の気持ちは、だんだんと冷静さを取り戻し、

肩に入っていた力も、自然に抜けていく。


「悪かった」


岳の小さな声に、あずさは思わず『エ……』と聞き返してしまう。


「いや、確かに、その場にいなかった自分を棚に上げて、言うことではなかったな」


岳は敦の手伝いは途中でやめて大丈夫なのかと、あずさに聞く。


「終わったら一度立ち寄りますと、そう言いました」

「そうか……」


岳はそういうと、また黙った。

あずさは、自分の言いたいこととは違っていても、認めるべきところは認めるという、

いつもの岳が戻ってきたと、少しだけ口元が緩んだ。



肩を揉み始めてから、そろそろ5分になろうとしていた。

あずさの肩もみの動きに、岳の上半身が、小さく揺れ続ける。


「まさか選ばれないとは思わなかったんだ。宮崎さんに午前中頼んだ資料。
あれ自体は完璧だと思っていたし」


岳は、そういうともう大丈夫だと、あずさに声をかける。

あずさは『はい』と答えると、手を離した。


「絶対にあの場所にうちがマンションを作れば、業界の目を引くはずで、
新しい構造で、新しい価値観を持ったものになる。負けるはずがないのに……」


岳は上着を着ると、ボタンをしめる。


「『BEANS』にもこういったものが造れる。次のものを認めてもらえる。
そうすれば、うちの建築に関する仕事の信頼も、もっと上がるはず……」


岳は『岸田』を推薦し、『高岩建設』との直接対決を避けた社員たちの顔を、

数名思い出す。


「どうして『岸田』なんだ、比べてもらうものがないのに」


岳はそういうと立ち上がり、悔しそうな顔を見せる。


「あの……」

「何?」

「建てるのは分譲マンションですよね。何の勝ち負けなのですか」


あずさはそういうと、岳を見た。

岳は、あずさの質問に対して、戻す言葉がすぐに出てこない。


「すみません、よくわかっていないのに、余計なことでした。
ただ、マンションを買うって、一生に一度くらいの大きな買い物だから。
なんだかこう……勝った負けたとかで言われてしまうと、それはどうなのかなと。
『負けた場所』に建てたって言うのは……」


あずさは、自分が幼稚園の頃、『宮崎家』は今の場所に中古物件を見つけ、

引っ越しをしたのだと、そう話し出す。


「家を買うって、夢みたいなことなんです。
岳さんは、生まれたときから相原の家があったのかもしれませんが、
おそらく、『BEANS』の物件を買うお客様はみなさん、色々なものを我慢して、
何年も考えてたどり着く場所だと思うんです。だから……場所はどこでも、
決まった以上、精一杯前向きに、『ここが最高ですよ』って言えるポイントを、
探してあげて欲しいなと……」


あずさは、何も言わない岳の態度に、

これ以上、あれこれいうのは、自分を追い込むことだとそう考える。


「すみません、また生意気でした。それでは失礼します」


あずさは岳に頭を下げると、階段を下りていく。



『家を買うって、夢みたいなことなんです』



あずさの足音が消えた後、岳の気持ちの中には、この一言が残った。





【ももんたのひとりごと】

『靴職人』

元横綱の息子さんが、『靴職人』になったというニュースを見て、
あぁ、そういう生き方もかっこいいなと思った私。岳の親友『室伏悟』には、
『WALKEL』という会社の跡取りという部分だけではなく、
『こだわり』のある職人の顔も持たせてみました。この年になると、
『何か腕を持っていたらよかったな』と思うことが、たくさんあるもので(笑)




【12-1】



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