12 自分と相手の意見 【12-1】

『カウポルネ』

千晴が泰成に指定された店に入ると、すでにその姿は店内にあった。

コピー機前で誘われたときには、行くのも行かないのも半分くらいだったが、

会議終了後の岳の苛立ちがわかり、何が起こったのか知ってみたいと思うようになる。


「こんばんは」

「こんばんは……」


泰成は千晴の顔を見た後、満足げに微笑んだ。



『カウポルネ』は、壁に水泡を送り出し、

まるで海の底にいるような感覚を演出してくれる、おしゃれなバーだ。

千晴は『スクリュードライバー』を飲みながら、前に座る泰成を見た。

泰成は、いつでも語りだせますよという表情で、千晴を見る。


「私が聞きだすまで、黙っているつもり?」

「そうかもしれませんね。あなたの姿を見ているだけで、十分酔えそうですし」


泰成のセリフに、千晴は軽く口元を動かす。


「あなたに酔われても困るわ、私……。介抱されるのは好きだけれど、
するのは好きじゃない」


千晴はグラスをテーブルに置くと、『聞きますよ』という体勢を取った。

泰成は、今日の会議で提出した書類を前に置く。

カラーのイラストで、『岸田』の場所に建つマンションを、

イメージした絵が描いてある。


「うちのプリンスに勝ちました」

「勝った?」


千晴はそれはどういうことなのかと、泰成に聞いた。

泰成はイラストの絵を指で指す。


「うちが、新しい基準で建てることを決めたマンション候補地のことです。
相原さんは『稲倉』を推していましたが、
社長のOKが出たのは、俺たちが推した『岸田』でした」


泰成は、『稲倉』では、ライバルともいえる『高岩建設』の入札がわかっているため、

あえてその争いを避け、相手に譲る形を取ったとそう話す。


「花を持たせたわけです。それでなくとも、
先日の『アルベンジホテルリゾート』の件でうちに負けた相手でしょ。
ここでさらに押し付けてしまうと、老舗のプライドが保てない。
ここは恩を売った形です」

「恩ね……それから別の縁を作るようなこと、岳も考えそうだけれど……」

「そう、普段ならそうでしょう。でも、相原さんはこの『稲倉』までをゲットして、
自分の計画3部作を完成させたかった。だから、怒っているんです」


泰成は、ステップアップしてきた計画が、ここで足踏みしてしまったと説明する。


「ステップアップ? なんだか難しい話になりそうね。
あまり細かく説明されてもわからないわ。ただ……」


千晴は泰成の方へ、少しだけ顔を近づける。


「岳が悔しそうな顔をしているのを見るのは、すごく気分がいい」


千晴の言葉に、泰成は『そうですか』と笑みを浮かべる。


「そうよね、跡取りだからって、何でも思い通りだと思ったら、大間違いだって。
少しはわからせてあげたほうがいいと思う」


そういうと、千晴は少しだけ上目遣いで泰成を見る。


「今日は、こうして飲むのは1杯だけにしておくわ。
でも、もっと楽しい話しがあったら、そうはならないかも……」


千晴の『誘い』のセリフに、泰成は軽く頷いた。





岳の肩もみが終わり、その後、敦の仕事を再び手伝おうかと思い戻ってみたが、

仕事内容はすでに封筒に収まっていたため、

あずさはそのまま『アカデミックスポーツ』に帰った。

しかし、荷造りも小原の頑張りがあり、終わっていたため、

その日はあまり遅くない時間に電車に揺られ、相原家に戻ることになる。

岳の『肩もみ』を1番の仕事としているのだから、

その場所で成果を生み出せないのも仕方がないのだが、

杏奈に『再就職』と言われてからというもの、果たしてこのまま時間を送っていて、

いいのだろうかと、少しずつ不安になり始める。

『東青山』の駅に着き、警官の前を通り、道を歩き玄関に到着したあと、

靴を脱ぎ、下駄箱を開けた。

あずさが東京に出てきてから、2ヶ月が過ぎたが、

『リクチュール』のドレスと、『ロスウッド』の裁縫道具。

増えたものはこれくらいだった。

あずさは、少しすり減った靴のかかとを見て、次の給料が出た時に、

新しい靴を買おうと思いながら、中に入った。



室内着に着替え、食事のために下へ降りる。


「すみません」

「いえいえ……」


滝枝は食事の支度を済ませると、少し奥に入り、明日の準備をし始めた。

あずさはいただきますと両手を合わせ、ひとりだけの夕食を開始する。

宮崎家でも、家族が帰宅する時間はそれぞれで、

食事がバラバラになることは多かったが、

しかし、居間に座っていれば誰かしらが姿を見せ、その日起きた出来事を語っていた。

あずさは武彦に始まり、本来ここに座るべき人たちのことを考える。

食事が半分くらい進んだ時、東子が現れた。


「あずさちゃん」


東子はあずさに声をかけると、目の前に座った。

あずさが、まだ食べていないのかと聞くと、東子は首を振る。


「そうだよね」

「あのね、これ、ずっと借りていたから返そうかと思って」


東子が出してきたのは、以前、あずさが貸した『はなごろも』という本だった。

東子が担任に『中谷伯太郎』の本を読んだ感想文を課題として出されたため、

その作者の『はなごろも』という作品を持っていたあずさが、貸してあげたものだった。


「ごめんね、借りっぱなしで」

「いいよ別に、それで書けたの?」


あずさの問いに、東子は小さく頷く。


「と言ってもね、実際には読むのが面倒になって、ネットでネタバレを探したの。
ちょっと他人様の知恵を拝借したというか」


東子は舌を軽く出す。

あずさは要領のいい東子らしいと思いながらも、

先生に怒られなかったのかと聞き、東子は指で小さな円を作る。


「そうだったんだ」

「でもね、その後、ちょっと読んでみたら面白くて。結局最後まで読んだの」

「そうなの?」


あずさはそれはそれでと、ご飯を口に入れる。


「そうしたら、これ……見つけちゃって」


東子は、小さな水色の紙を、あずさの前に置いた。

食事をしていたあずさの手が止まる。



『あずさの大切なものは何』



水色の小さな音符がついた付箋紙に、残されていたのは、祐の筆跡だった。



【12-2】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント