12 自分と相手の意見 【12-2】

問いかけの文章があり、その後、『祐』の文字が残っている。


「これって……あずさちゃんの元彼さんかなと。
ごめんね、私、知らなかったから、見てしまって」


東子は、同じ場所に戻そうかと思ったが、

その後、知らないふりの顔つきに自信がなかったと、テーブルに両手をつく。


「恋に恋する高校2年生なの、ごめんなさい。
あずさちゃんの『恋バナ』についつい、こう、興味が……」


東子が出してきた付箋の紙を、あずさは右手で取った。

いつ、この本に祐が付箋紙を貼ったのか、それを考えてみる。

音符のついた付箋紙は、いつも祐が吹奏楽部の指導をするとき、注意箇所を見つけ、

それにアドバイスを書き込み、貼り付けてくれたものだった。


『音をもう少し大きく』

『少しずつゆっくりと、しっかり息を吐く』


あずさも、その付箋紙を何度も楽譜に貼り付けてもらった。



『中谷伯太郎』



この作者の作品を教えてくれたのは、確かに祐だったが、

この『はなごろも』はあずさ自身が買っている。

貸し出したこともなければ、無くしたこともなかった。


「綺麗な字を書く人なんだね、この人……」


東子の言葉に、あずさは『確かにそうだった』と頷いた。

楽譜に書いてくれたアドバイスも、いつも文字が読みやすかったことを思い出す。


「うん、そうだった」


あずさは音楽室で、コンクールの練習をしていた日、

そういえば、楽譜を押さえるために『はなごろも』を置いたことを思い出した。

今思えば、楽譜がめくれてしまうことを防ぐという目的の他に、

憧れていた祐に、自分もこの作家の本を読んでいると、そう気付いて欲しかったからだ。

そんなあずさの『小さなアピール』に気づき、祐は言葉を挟んでくれたのではないか。

そんな思い出が、鮮明に蘇ってくる。



亡くなってしまってから、気付いた祐の心の声。



「この人ね、クラリネットを上手に演奏する人だったの。
うちの部活の先輩と友達で、臨時顧問のように、よく来てくれた」

「この人に教わったの? クラリネット」

「教わったというか、私が担当になって、織田さんが来て……」


最初は難しくて嫌だと思った楽器を、大好きになれたのは、

間違いなく祐の存在があったからだった。

あずさは、たった一言のメモを、愛しそうに見続ける、


「いくつ違うの?」

「えっと……」


新入部員として活動を開始し、しばらしてから、祐に出会った。


「3つ違いかな」


あずさは、一緒に歩いた帰り道のこと、夏の暑い日、

タオルを巻きながら、何度も同じパートを練習したことも思い出していく。


「今、何をしているのかな……なんて、思ったりする?」


東子はそういうと、あずさの顔を見る。


「今?」

「そう、今……」


祐が生きていたら、年齢は28になる。

もし、あのまま、二人が希望通り交際を始めていたら、

今、どうなっていただろうかと、メモを見ながら考えた。


「もう、亡くなったの」


あずさの言葉に、それまで笑顔だった東子は、表情を固くする。


「私が高校3年の時、突然だった。幼い頃から持病があったそうなんだけど、
全然知らなくて。先輩にいつ会えるだろうと思っていたら、『亡くなった』って」


泣きながら駅まで走った日。

確かめるのが怖くて、葬儀に向かう人の列に逆らって歩いた日。

心に沈めていた時の思いが、あずさの中に再び大きく広がっていく。


「……亡くなったの?」

「うん」


あずさは祐の残した付箋紙を、あらためて『はなごろも』の最初に挟む。

祐のことを思い出し、気持ちでお腹もいっぱいになっていたが、

残すのは滝枝に申し訳ないため、残りをしっかりと食べた。



『亡くなった』



東子は、借りていた『はなごろも』から、軽い気持ちで出してしまったメモの、

思い出の大きさと深さに、そこから言葉が続かない。


「東子ちゃん、ありがとう。私、全然気付いていなかった。先輩のメモ」

「ごめんね、あずさちゃん。亡くなった人だったなんて。
思い出したら辛いことなのに、私。言わなければよかった」


あずさの目の前で、東子は申し訳なさそうに下を向いた。

あずさは、気にしないでいいんだよと話すが、東子の顔は上がらない。

本を借りたことも、祐のメモを見つけたことも、

東子が責任を感じることではないのにと、あずさも気持ちが重くなる。


「ねぇ、東子ちゃん。聞いてくれる? それがね、最初驚いたの」


あずさは、東子の気分が変わればいいと思い、相原家に来た最初の日、

岳とすれ違い、この先輩のことを思い出したのだとそう話す。


「岳?」

「そう、岳さんを最初に見たとき、織田先輩に似ているってそう思ったの。
『他人の空似』ってこういうことを言うんだね。先輩のスーツ姿なんて、
見たことがなかったのに、なぜなのか、急に……」


あずさは、その後、仕事のことでガンガン言われて、

岳と先輩は別の人だと痛感したと、笑ってみせる。


「エ? 先輩は優しかったけど、岳はすぐに怒るってこと?」

「そうはハッキリ言っていませんけど」


あずさは、まぁ、そうかなとまた笑った。

東子は岳だっていいところがたくさんあるんだからと、笑顔を取り戻す。


「わかっています、わかっているよ。ただ、その数倍怖いの。あまりにも鋭くて」


あずさはそういうと両手を合わせ、『ごちそうさま』と言い、

食器を流しに片付け、綺麗に洗った。



【12-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント