12 自分と相手の意見 【12-3】

岳が相原の家に戻ったのは、それから30分後のことだった。

リビングにいた東子が、岳を見つけて手を振り始める。


「岳、岳! 来て!」


岳は東子が宿題を広げていることに気付き、そのまま通り過ぎようとする。

東子は岳が自分を無視すると思い、慌てて椅子から立ち上がると、

そこから先には進ませないと、両手を広げた。


「そこをどいてくれないか。宿題は自分でやるものだ」

「自分でやります。アドバイスを求む」


東子は岳の前に両手を出し、軽く頭を下げる。


「敦に聞けばいい」

「それがいないのです。今日、急に夕食キャンセルなの」

「夕食、キャンセル?」


岳は、急にキャンセルするのは、珍しいなとそう思う。


「お願い、岳」


東子はそういうと、明確な返事をよこさない岳の袖を強く引っ張った。





「いただきます」

「うん」


東子の言うとおり、その日の敦は外で食事を取っていた。

昼間、涼子に今後の予定を聞こうとメールを入れたら、

それならば予定表を渡すと言われ、そこから話が『食事』に流れた。

二人が待ち合わせをしたのは、学生たちが集まりそうな居酒屋だが、

敦は車に乗っているため、目の前には『ウーロン茶』を置く。


「ねぇ、このお店の串カツ、美味しいでしょ」

「うん」

「でしょ? 一人暮らしだと、揚げ物なんてしないのよ。汚れちゃうし」


涼子はソースがまた美味しいのだと、テーブルの横にある入れ物を指さした。


「メールで説明しようかと思ったの。でも私、指を動かして文字を打つ作業?
あれがあまり得意じゃなくて。だから誘っちゃったけど、あつくん迷惑だった?」

「いや、そんなことはないよ」


敦は、涼子の誘いに乗ったのは、自分にもそういうつもりがあったからだと話す。

涼子はよかったと言いながら、『染物教室』の予定表をテーブルに置く。

1週間のうち、平日は老人ホームや地域のカルチャー教室の名前がいくつか入っていて、

その中に『翠の家』や『青の家』の予定も書き込まれてあった。


「どうして染物をしようと思ったの?」


敦は涼子にそう聞いた。

涼子は質問が突然ねと、軽く笑う。


「大学の時にね、たまたま今の先生の工房に行く機会があったの。
あくまでも地元の産業について調べるためだったのだけれど、
私、もう瞬間的に『これだ』って思ってしまって」


涼子はこれこそ『運命の出会い』だったと、当時のことを振り返る。


「うちの祖母が、昔、機織をしていた影響があるのかな。
就職活動をしなければならない時期が来ても、面接の練習をしても、
どうも気持ちが動かなくて。ものを売りたいとか、人より上に立ちたいとか、
そういう気持ちは全然なかった。手作りにこだわって、
人と関われる仕事が出来たらいいなと思ったら、もういても立ってもいられなくなって」


涼子は学生時代から通い続け、弟子として入門できたのだとそう話す。


「そうなんだ」

「そうなの。あつくんみたいに、『桜北大学』でも出られる頭があれば、
また別かもしれないけれど」


涼子はそういうと、ポテトのチーズ焼きも美味しいよと、敦に勧めてくれる。


「水を使う仕事だから、冬は大変だろう」

「まぁね、でも、自分でやりたいと思って乗り込んだわけだから、
弱音なんて言っていられないでしょう。いや、むしろそういう瞬間も楽しいの」


涼子はそういうと、チューハイのジョッキを両手で持つ。


「あつくん」

「ん?」

「今度は車、会社に置いて来なさいね。なんだか一人で飲むのは、申し訳ない気がする」


涼子は敦の前にある『ウーロン茶』を見る。

敦はそうだねと笑いながら、『ウーロン茶』に口をつけた。





「……違うな」

「何が?」

「それは自分で考えろ」


その頃、相原家では、岳が夕食を取っている横で、東子が宿題の最中だった。

岳は東子の問題の解き方を見ながら、途中で止めてしまう。


「ねぇ、わからないから聞いているの。まだ途中だよ」

「単語の意味を取り違えている。上っ面で読むから、一番最初に頭に浮かんだ訳で、
進もうとするんだろう。きちんと文章を読んで、頭に入れてから考えてみろ」


岳はそういうと、煮物を口に入れる。


「うわぁ……もう、あまりにも正論過ぎて腹が立つ。こりゃ、確かに違うと思うわね」

「ん?」


東子のつぶやきに、岳は『何が』と反応する。


「あずさちゃんの思い出の人。岳に似ていて最初はビックリしたんだって。
でも、すぐに違うと思ったって。そうそう、そうだよ、岳は優しくないもん、キツイ」


東子は頑張っているのに、頭ごなしに否定されると、

人はやる気を失うものだと、指でペンを回す。


「思い出の人って、誰のことだ」


岳の反応に、東子のぼやきが止まる。


「誰ってほら、あずさちゃんのクラリネット、前に聴いたでしょ」

「あぁ」


岳はあの日、あずさの演奏を聴き、

亡くなった母が自分に残してくれた楽器も、『クラリネット』だったことを思い出した。


「その先輩がクラリネットを吹く人だったって。吹奏楽部に教えに来てくれて。
まぁ、あの語りっぷりでは、あずさちゃんの心に住んでいた人なんだろうけど」


東子はミルクティーを入れたカップを持つ。


「初めてうちに来た日。岳のことを見て、その先輩に似ているって思ったみたいだよ。
あずさちゃん。さっきそう話してくれたから」


岳は、あずさが来た日のことを考えた。

記憶の中にあるのは、部屋を使っていることを忘れてしまい、

ベッドに入り込もうとしたことだけになる。


「どこで会ったんだ。あの日は、夜に……」

「あずさちゃんは、一番最初に会ったのが岳だって、言っていた。
覚えていないの?」


東子は、ミルクティーを飲みながら、

いくらなんでも、ベッドにもぐりこんだ瞬間ではないだろうとそう言った。


「あ……」


岳は、仕事の電話をしながら車に向かったとき、

そういえば誰かとすれ違ったことを思い出す。


「あぁ、そういえばすれ違った……気がするな」


東子はおそらくそうだよと、またペンを持つ。


「他人の空似だねって、あずさちゃん笑っていたけど、でもなんだか申し訳なくて」

「申し訳ない……俺がその人に似ているのがか」

「……違います。その人、もう亡くなっているんだって。私知らなかったからさ、
今は何しているのとか、そこら辺の『恋バナ』みたいに、軽く聞いちゃって」


東子はそういうと、文章の前後を読み進め、岳は味噌汁を飲む。



『身近な人が……』



岳は、そういえば、以前、

あずさと車の中で『身近な人を亡くした』という話をしたことを思い出した。



【12-4】



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