13 私のやり方 【13-1】

『中村逸美』


岳は、結局、武彦からいい返事をもらうことなく、社長室から机に戻った。

携帯をポケットから取り出し、懐かしい名前と番号を見る。

『婚約』を決めたと自分の前から離れ、その相手と歩く姿も目の前で見たのだから、

もう連絡を取る相手ではないとわかっているのに、

こんな思い通りにならない日は、『会いたい』と自然に思ってしまう。

それでも自分から連絡を取ることなど、岳のプライドが許さず、

気持ちを奮い立たせると携帯を閉じ、そのまま席を立った。





「うーん……」

「残り3週間です」

「わかっています」


『アカデミックスポーツ』では、もう少し『防音室』の利用を広げようと、

手作りの小さなちらしを作り、それを駅前で配ってみようという案が出た。


「ここで、そんなことが出来るということを知らない人も多いはずだし」

「そうですね」

「あと平日に2組、毎週定期的に入ってくれる借り手が出てくれたら、
希望金額になんとか届きます」

「うん」


ほたるがPCを使い、イラストなどをネットから拾うと、

『貸しスタジオ』のちらしは、それなりのものが完成する。


「いいじゃない、これ」

「わかりやすいですよね」


PCが出来ない小原とあずさは、短時間で仕上げてくれたほたるを褒めた。

ほたる自身は、納得できない部分もあると、少し悔しそうな顔をする。


「大丈夫よ、ほたるちゃん。言いたいことは伝わる」

「そうそう……」

「時間もないし、行きましょう」


あずさは出来上がったチラシをつかむと、最寄り駅に向かう地下道の前に立ち、

駅から出てくる人に、『貸しスタジオ』に興味を持って欲しいと、そう声をかけた。





『BEANS』の地下にある駐車場。

岳は仕事を終えると、一人車の場所に向かった。

ポケットから鍵を出し、スイッチを押すと、ロックが解除される。

そのまま運転席側に回り、扉を開こうとしたとき、

風の力で、足元に何やら小さな紙が飛んできた。

クシャッと丸められた紙は、岳の靴の縁をなぞるようになる。

ちらっと見えた文字が気になり、岳はタイヤに挟まるように止まった紙を手に取った。

丸められた部分を伸ばして中を見る。

岳はその文面を読み終えると、左手に紙を持ったまま、車に乗り込んだ。





あずさが仕事を終えて相原家に着くと、珍しく岳と敦、両方の車が揃っていた。

いつも夕食は一人のことが多い東子が、

今日は兄妹揃って食べているのかもしれないと思うと、自然と笑みが浮かぶ。

あずさが駅前でちらしを差し出すと、半分以上の人に無視されたが、

取ってくれた人の中には、数名、興味を持ち詳細を聞いてくれた人もいた。

『ママさんコーラス』とか『サラリーマンバンド』など、

世の中には、懸命に仕事をしながらも、

小さな趣味に喜びを持っている人もたくさんいる。

この『スタジオ』が近所に浸透し、借り手がもう少し増えるには、

やはり、あと数ヶ月は必要な気がした。

しかし、岳との期限までは3週間。

あずさは、予定金額をクリアするために、自分はどうあるべきかを考えながら、

玄関を通り、リビングに入る。


「宮崎さん」

「はい」


あずさの到着を待っていたというタイミングで声をかけたのは、

また、どこか機嫌の悪そうな岳だった。

どうして急に声をかけられたのかわからないあずさの前に、岳は1枚の紙を出した。

あずさはそれを受け取り、中身を読む。

そこには、『BEANS』の心無い仕打ちに負けないよう、

なんとか頑張りたいという、『アカデミックスポーツ』ではない会社の名前が書いてある。


「あの……」

「慣れた場所で、少しでも長く地域のみなさんのために仕事が出来るよう、
頑張っていきたいという決意表明だ」


あずさは確かにそう思えると、小さく頷く。


「どういうことだ。これではまるで、『BEANS』が『Sビル』の人たちに、
単なる意地悪をしているというように取れてしまう。
宮崎さん、『アカデミックスポーツ』は、どういう説明を各店舗にしているのか、
話をしてくれ」


岳は、こんな書かれ方をするのは問題だと、ソファーに怒りの音を立てて座る。

あずさは、これを書いた企業名を確認した。


『村田ホビー』


2階でプラモデルなどを小売店に卸している、問屋だった。

あずさは、社長である『村田昌喜(まさき)』の顔を1度だけ見たことがあったが、

確か、『アカデミックスポーツ』の社長、柴田くらいの年齢に思え、

あまり愛想もよくない人だった記憶がある。

3ヶ月期限の話を、小原とほたるが手分けして説明しに回ったときも、

なかなか外に出てきてくれなかったと、そう聞いていた。


「君たちが正確に説明をしていないからこうなる。うちは去年から、
この条件では耐震の問題もあるので、難しいと話したはずだ。どうして伝わっていない」

「伝えています」

「ならば、この店の村田社長に、理解力がないということか」

「ちょっと待ってください」


あずさはその場にカバンを置くと、もう一度小さなちらしを見た。

確かに、この文面を一度読めば、自分たちが頑張っているのに、

『BEANS』が強引に出て行けと、迫っているようなことが書かれてあると、

そう思うのも無理はない。


「人はみな……全て同じではありません」


あずさは、この村田はあまり愛想がよくないので、

人と話したりするのが得意ではないのだろうと、そう分析した。

だからこそ、この文章で気持ちを伝えたいと思ったのかもしれないと、

あらためて岳の前に小さな紙を出す。


「失礼な文章なのは、私にもわかります。でも……みなさん、
あのビルを愛しているんです。庄吉さん……いえ、
相原会長が、頑張って立ち上がろうとしている人たちを応援してくれたという、
そのビルの心意気に、自分自身を重ねている人たちがたくさんいるんです。
古いから、今の時代にあっていないから、だからおしまいと頭から言われてしまうと、
きっと、自分自身がおしまいだと……そう言われているような」

「そういうのを屁理屈と言うんだ」

「屁理屈……」


紙を前に出して訴えていた、あずさの力が抜ける。


「そうだ、自分の悪いところは見ないふりをして、自分の都合のいいように……」

「それなら岳さんこそ、いつも押し付けるだけじゃないですか。
屁理屈そのものです」


あずさはそういうと、昼間、見せてもらった『高岩建設』の間取りの話をする。


「私は、とってもいいマンションだなとそう思いました。
あの部屋を自分ならどう使おうか、この場所はどんな家具を置こうかと、
想像しやすかったです」

「悪いとは言っていない。ただ、即日完売するようなものかと……」

「選ぶのはお客様です……いいものはいいと、認めてあげたらきっと、
見えてくるものが……」


あずさはそこまで言いながら、岳の表情がさらに険しくなるのを感じ、

慌てて言葉を止めた。



【13-2】



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