13 私のやり方 【13-2】

最初は不器用なビルの借主を庇うつもりだったが、

いつの間にか、岳の仕事に対して、意見を言っていることに気付く。


「すみません、私……何も知らないくせに。あまりにも話を飛ばしすぎました」


あずさは、こういうものを配らないように話しておきますというと、

ちらしを持ったまま、螺旋階段を上がっていく。

リビングに残された岳は、何か言い返すことはなく、

そのまま玄関を出て行ってしまう。

あずさはすぐに部屋に入り、岳は何をするのかと窓から外を見ると、

車のライトが光り、すぐに走り出したのがわかった。

あずさは、勢いで出してしまった言葉を後悔したが、なかったことには出来ないため、

カーテンを閉める。


「あぁ……もう、またやった」


あずさは、自分はどうしてこんなふうに岳と揉めてしまうのだろうと思いながら、

食事をするため着替えることにした。





「ケンカ?」

「ケンカというか、私が……」


その日は、久しぶりに人が揃うと思った相原家の夕食だったが、

結局、岳は戻らないままだった。


「あずさちゃんおもしろい。岳に意見を言って、こてんぱんにされない人を、
私、初めて見るかもしれない」

「東子、お前言い方がおかしいぞ」


敦は落ち込んだ顔をしているあずさに、『大丈夫だ』と声をかける。


「仕事のことなんて、何も知らないのに、私、本当に余計なことを言いました。
岳さんが、気持ちよく仕事が出来るようにと任命された『肩もみ』要員として、
完全に失格です」


あずさはそういうと、ため息をつく。


「そういえば、あずささんの『肩もみ』はいつまで続くの?」


浩美はあずさにそう尋ねる。


「決まりはあと3週間です。そこまでになんとかうちの方が形を作れたらいいのですが、
正直……」


浩美は、自分の隣に座る敦を見る。


「岳も大変なのでしょう。敦も賃貸部門ではなくて、
岳と同じ企画の仕事をさせてもらえればいいのにね」


浩美のつぶやきに、敦は『どうして』と反応する。


「一人より、二人の方がいいのかなと思って」


浩美はそういうと、先に食卓を出て行く。

敦は、ここのところ毎日、

先日、庄吉から言われた『豆風家』の仕事に変わるという話のことを考えていた。

『翠の家』に行き、涼子と連絡を取り合うようになってから、

敦には、介護という仕事の分野が、どんどん広がりを見せるようになっていて、

建物を管理し、数字を追いかけている今の仕事よりも、

人々の笑顔を見るために、動く自分を想像している方が、数倍楽しい気がしてくる。


「あずさちゃん、気にしない、気にしない。岳は想像以上にパワフルだから。
今頃、ギアチェンジして、戻ってくるわよ」

「ギアチェンジ?」

「そうそう、さらにエンジンパワーアップってこと。あれは不死身だから」


東子は、もっと扱いづらくなるわよと、笑ってみせる。

あずさは『励ましていない』と言い返すと、味噌汁を飲んだ。



相原の家を飛び出した岳は、

あずさに間取りを見せた『高岩建設』のマンション前に向かい、車を止めた。



『完売御礼』



白い垂れ幕が、工事現場の幕に貼り付けられている。

会社の情報を信じると、モデルルームを含めて、この物件は即日に完売となった。

特に、あずさに見せたあの角部屋は、倍率も高く抽選になったため、

ライバル会社がその魅力を研究し、近頃、似たようなものが一気に増えた。

『BEANS』のマンションも、根強い人気があり、

間取りや材料のよさにも定評があるけれど、世の中の空気を動かすほど、

話題にはなっていない。


『稲倉』と『岸田』。


父、武彦は、岳の肩を叩き、力を抜けとそう言った。

しかし、岳にしてみたら、今のうちに出来る限りのことをしておかなければ、

本当の意味で『上に立てない』という焦りに近い思いがあった。

優秀でなければ、人が並べないほどの実力がなければ、

誰も本当の意味で評価してくれない。

岳はそう思いながら、空に向かって伸びているマンションを見る。

少し強めの風が吹き、『完売御礼』の垂れ幕が、バタバタと音をさせた。



『高岩建設』のマンションから、

さらに岳が足を向けたのは『WALKEL』の本店だった。

通りに車を止め、照明を半分に落とした店内に入っていく。

一番奥の部屋で、作業用のエプロンをつけた悟が、岳に気付く。


「お前なぁ……」

「30分でいい。どうせ、片づけをしていたらそれくらいかかるだろう」


岳はそういうと、小さな木彫りの椅子に腰掛けた。

足を前に出し、作業台を見る。


「見てわからないのか。片付けはすでに済んでいるだろう」

「ここに足を乗せるのか」


悟のセリフを無視した岳の態度に、『全く』という意味を込めたため息が落ちる。


「あぁ、そうだよ。オーダーメイドだからな。しっかりとサイズを測らないと。
この作業が一番大事だ。そこでずれてしまうと、何もかもずれていく」


悟は、ここに来たついでに、岳に新しい靴を作るかとメジャーを取り出す。


「飲みに行くのなら、車では来ないよな」

「飲みにはいかない。ただ、このまま家に戻りたくないだけだ」


岳はそういうと、また黙り込む。


「疲れているみたいだな」


悟は作業のエプロンを取り、壁のハンガーにかける。

岳は途中になっている靴を、手にとって見た。

皮のよさ、縫い目の丁寧さなど、見るだけでよくわかる。


「どこにでもあるようなものを、どうしていいと評価する。
こうして『一つしかないもの』を、懸命に作ろうとしているのに……」


岳は、『稲倉』と『岸田』の争いに負けたこと、『高岩建設』の普通のマンションを、

周りが評価していたことに対する苛立ちを、そう表現した。


「仕事で思い通りにならなくて、その鬱憤を晴らしに俺のところに来るなんて、
相原岳としては、考えられない行動だな」


悟は、こういうときこそ、温かい女性の胸に飛び込みたくなるのではないかと、

笑って話す。


「管理ビルのことで、妙なことばかり言われて、家を飛び出した。
『高岩建設』の新築、あれ、この近くだろ」

「……あぁ、あれか」


悟は作業用の椅子に座る。


「あのマンションが『即日完売』だった。別にデザインもありふれているし、
特に目をひくものもないのに、完売だ。祖父に縁がある人が、今家に居候していて。
『選ぶのは客だ』、『屁理屈は俺だ』って……言いあいになって、家を出た」

「居候がいるのか」

「あぁ……」

「その居候が、『高岩建設』のマンションの方が優れていると、そう言ったわけか」

「そんなことは言っていない」


岳は、あずさという人間の話しを悟にしようとするが、言葉が止まる。


「世の中に、常識では収まらない人間がいるってことを、あらためて知った」


岳はあと少しこのままここにいてもいいかと、悟に尋ねていく。

悟は、缶コーヒーくらい飲もうと言いながら、岳の肩を軽く叩いた。



【13-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント