13 私のやり方 【13-3】

「敦を?」

「えぇ……今日、あずささんと岳が言い合いになったらしくて」


最後に戻ってきた武彦に、浩美は夕食での話を伝えた。

あずさが『肩もみ』として岳のそばにいるため、仕事の中身も見えるのか、

何か意見らしいことを言っていたと、スーツをハンガーにかける。


「そうか……意見ね」


武彦は、言い合いから外に飛び出したという岳の行動を聞き、軽く笑う。


「笑いごとではないです。
あずささんには、お義父さんからどうしてもと頼まれて住んでもらっていますけれど、
仕事のことに口を出されるのは、岳だって嫌でしょう。
本来、岳のそばに立って、意見を言うのは敦の役目ではないですか?」


浩美は、今の賃貸部門が悪いとは言わないけれどと、少しだけ声のトーンを落とす。


「そういえば……敦のことを父から提案されてね」

「お義父さんが何を」

「敦には、将来的に『豆風家』の代表を任せられないかと……」


浩美はウォークインクローゼットから出ると、どういうことですかと武彦に聞いた。

武彦は、雑談の中で出たことだと、軽く流そうとする。


「雑談って……お義父さんは、敦に『BEANS』を抜けろと」

「抜けろとは言っていない。ただ……」

「そうじゃないですか。『豆風家』の仕事をしろと言われたと、今……」

「提案だと、言っただろう」


浩美は、武彦の前に立つ。


「あなた……。相原の家に来てから、あの子は一生懸命勉強して、
岳と同じように『桜北大学』の工学部を出たのですよ。それを……どうして一人、
老人ホームって」

「浩美……落ち着きなさい。『豆風家』は、今やうちの立派な事業の一つだ。
介護の世界はこれからもっと広がっていく」

「あなたまで、敦に対して」


浩美は、やはり義父も、武彦も、『岳』と『敦』には差をつけると、

そう落ち込んだ気持ちを必死に隠しながら下を向く。


「無理に行けとも話していないし、そういう選択肢があってもと、言っているだけで」

「だったら……どうして岳には言わないのですか。大事な事業なら、岳でも」

「岳は『BEANS』の方が向いている」


武彦は浩美にお茶を入れて欲しいと頼み、ソファーに座る。


「向いている?」

「あぁ……岳の性格では、『豆風家』は難しい。それなりに生活をさせて、
経験もさせてきたが、あいつが思っているほど、あいつの知っている世界は広くない。
長い間、積み上げてきたものを伸ばしてやった方がいいと私も思う」


浩美は武彦に背を向けると、お茶の用意をし始める。


「父も敦にやれと命令しているわけではないんだ。私も岳も、敦の仕事を認めている。
これから経験を積んでいけば、力になってくれるはずだ」

「そうです。あの子は一生懸命に……」

「だからだ……」


武彦の言葉に、浩美は振り返る。


「敦は一生懸命、岳を支えようとする。岳を前に出して、岳を立てて、
自分はずっとその後ろに立つ。本当にそれでいいのかと、私自身も思うことがあるから」


武彦は両手を合わせ、息を吐く。


「あの子の、心の芯にまで、語りかけてやれているのか……私はいつも、
自分に問いかけているんだ」


浩美はお茶を入れた湯飲みを持つと、武彦の前にそっと置いた。





初めて相原家に来た日、岳が酔った状態で部屋に入ってきたため、

あずさは思い切り叫び声を上げた。

その次の日、どこか顔を合わせにくかったこともあるし、

無意識に出した台詞で、気まずい雰囲気を作ったこともある。

しかし、その数日とは比べものにならないほど、張り詰めた空気感が、

岳の運転する車内に、充満する。

いつもなら、自分から話題を作るあずさも、さすがに昨日の言いあい後、

次の日の通勤日とあって、出せる台詞が見つからない。

無愛想な運転手のタクシーに乗ったとしても、もう少し和やかだろうというくらい、

静かな時間のまま、二人は『BEANS』に到着した。

すれ違う人から挨拶され、岳もあずさも頭を下げる。

あずさは岳の後ろを歩きながら、

内心、『今日はいい』とどこかで言われるのではないかと、

期待しながら歩いて行くが、岳からはそんな一言も出てこないまま、

経営企画の部屋に入る。いつものパターンだと荷物を置き、岳は休憩室に行くはずだが、

今日は席に座ったまま、なにやらデスクの上にあった封筒を開け始めた。

あずさは、小会議があるときに利用される小さなテーブルの席に座り、

昨日岳から受け取った、プラモデル店の店主、村田が書いた文章をあらためて見た。



『エントリアビール 新商品お披露目会』



岳が見ていたのは、その招待状だった。

本来、こういったものは、開催日の少なくとも1ヶ月前くらいに届き、

出席か欠席の返事をすることが決まっている。

しかし、届けられたのは直接入場できる券のみで、選択すべき葉書も同封されていない。

岳は半分に折られた白い紙を見つけ、それを広げる。



『彼にとって、初めての大きな集まりの仕切りです。
少しだけでも顔を出してもらえたら、助かります』



そう文章を書いてきたのは逸美だった。

『彼』というのは、先日婚約をした『エントリアビール』の次男、愁矢のことになる。

『内助の功』のとも取れる逸美からの案内に、岳は思わず封筒を握りつぶしそうになった。

気持ちが少し傾きそうになる日、逸美のことを思い出す自分とは違い、

すでに新しい世界へ旅立ったと、宣言するような前向きの言葉がそこにある。

開催日と記されているのは、3日後。

予定を考えてみるが、特に重要視されるようなものは組まれていない。

椅子を少し回転させ、体を斜めに向けると、小さなテーブルに紙をおき、

何やら書き始めているあずさが見えた。

岳は椅子から立ち上がり、あずさに声をかける。

あずさは、紙を半分に折り立ち上がると、岳と一緒に休憩室へ向かった。



【13-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント