13 私のやり方 【13-4】

「『エントリアビール』ですか」

「あぁ、新商品のお披露目だそうだ。まぁ、この間のパーティーとそれほど変わらない。
今回の主役はビールと言うことだろうけれど」


岳はそういうと、あずさに招待券を見せる。


「また、どなたかと打ち合わせですか」

「いや……単純に行ってみるだけだ。今までは仕事に関係がないことなど、
あえて避けてきた。時間の無駄だし、この先につながりなど作れないと思っているし」


あずさは岳の肩を揉みながら、黙って意見を聞く。


「昨日、『高岩』の即日完売を見てきた」

「昨日?」


あずさは、飛び出した後のことだろうと、肩を揉みながら考える。


「選ぶのは客だと、堂々と言ってのけた素人に、自分の意見を伝えようと思ってね」


岳の言葉に、あずさは自分のことだと思い、開きかけた口を閉じた。


「場所と金額。それだけで物件の売れる売れないが50%以上決まってしまう。
あれが即日完売になったのは、こだわりなどあまりない、
『数字に弱い』購買層に受けただけだ。何度見ても、惹かれるものがあるとは思えない」


岳はそういうと、何か言い返すのなら来いと言わんばかりに、黙ったままになる。

あずさは、その根拠はどこにあるのかと、言い返したいのは山々だったが、

ここで言い返せばまた面倒なことになると思い、少し強めに肩を押す。


「何か言う事はないのか」


岳は、無言のまま肩もみを続けるあずさに、そう尋ねた。


「私は肩もみ担当なので……」


あずさは、機械のように、ただ『肩もみ』をするだけですと、返事をする。


「ビールか……近頃、ムシャクシャすることが多いから、酔いに行くのも悪くない」


そういうと、3日後に出かけるからと宣言する。

あずさは、一瞬、口が開きそうになったが、『わかりました』と答えると、

それからしばらく肩を揉み続けた。





その日のあずさは、午前中で『BEANS』を出られたため、

『アカデミックスポーツ』に戻り、書き始めたイラストを机に出した。

スタジオの貸し出しを始めてからというもの、社長の柴田は午後出勤のため、

午前中は小原とほたるが二人で、配送の準備や電話の応対をしている。


「何を書いているの? 宮崎さん」

「説明です」

「説明?」


霧山はあずさの横から、イラストを見た。

ビルのイラスト、そして『耐震』についての説明書きが、紙に並んでいる。


「誰に説明するの」

「実は……」


あずさは昨日、岳に渡されたチラシを小原に渡した。

小原も誰が書いたのかすぐに理解し、『ケヴィン』が怒ったのと、

両手の人差し指を頭の上に出し、ツノのように見せながらあずさに聞く。


「はい。うちが下の村田さんにどういう説明をしているんだと、昨日、怒られました。
確かに、この文面を読めば、『BEANS』が意地悪いことをしているようにしか、
思えない気がします」

「そうね、それは確かに」

「でも、立場が違うのですから、色々な人がいて当然だと思うんです。
1回の説明で理解してくれる人ばかりではありません。
身近なことに置き換えられる人と、そう出来ない人もいるんです。
ただ自分の場所に立ったまま、理解していないと怒るのではなくて、
その人のそばに来て、理解できる方法で、説明してあげないと」


あずさは、イラストをつけたり、説明の文章を貼り付けてあげたら、

相手方も気持ちが違うのではないかと、そう思い書き進める。


「『BEANS』もただ、追い出そうとしているのではないんです。
ビルの展開図を見ましたが、確かに構造を考えても、震災の起きやすくなっている今、
そのまま放置は出来ません。ですから、その思いも理解して欲しくて」


あずさは期限が来る前に、ここはクリアしたいとそう話し、

書き上げたイラストに色を塗り始める。


「宮崎さんは偉いわね」


小原は、普通自分の立場でしかものを見ることは出来ないものだと、そう話す。


「私も私の立場だけですよ……どちらにも、互いを悪く思って欲しくないだけです」


あずさはそういうと、丁寧にイラストの髪の毛を黒く塗っていった。





その日、1日をかけて書き上げたイラスト付き説明書を、

あずさは仕事から戻った敦に見せた。

何をしているのかと興味を持った東子も、敦の言葉を待つ。


「ごめんなさい、敦さんを巻き込んで」

「いや、本来担当は僕だから。関係ないことはないし」

「どうですか? これで『BEANS』の立場、きちんと書けています?」


あずさは、岳の言っていることも理解したつもりで書いたが、

直接見せてしまうと、全否定されるのではないかと思い、まずは敦に見せたと、

正直に話す。


「うん……意図しているところはわかるよ。
うちは、ただみなさんを追い出してしまいたいわけではなくて、
耐震の基準をクリアした、新しいビルを提供しようとしているわけだからね。
実際、事情がどうなのかわからないけれど、あらためて貸して欲しいという人がいれば、
当然、応じるわけで」

「はい」


敦はこれなら岳にダメだしされることはないと、あずさに紙を戻す。


「そうかな、そんなに簡単にOK出していいの? 甘いんじゃないの? 敦。
岳だよ、岳」

「東子……」

「だって、自分にとって必要だと思えば、赤いものを青だと言いきる人だよ。
しかも、青だと相手に言わせるような理屈を、くっつけてくる」


東子は、そういうと笑い出す。


「東子ちゃんの言いたいこともわかるけれど、岳さんは、結構潔いよ」


あずさは、岳が昨日喧嘩をした後、その原因になった場所に出向き、

それなりに頭をひねっていたことを二人に語る。


「兄さんが?」

「そうなんです。『高岩建設』の物件、『即日完売』がどうしてなのだろうって、
考えてきたみたいです。私には、何もわからないとそう言いましたけれど、
でも、行って何かを見ようとしたわけだし。実際には、見ている気がしますし」


あずさはそういうところがあるから、

岳の知識も、底のしっかりとしたものになるのだろうとフォローする。


「ふーん」


東子は、難しいことはよくわからないと言いながら、

あずさの顔を見たままほおづえをついた。



【13-5】



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