14 感覚の恐怖 【14-1】

「それでどうだったんだ。あの自作プリントは、偏屈な店主に効果があったのか」


岳が聞いたのは、あずさがビルの2階で営業を続けているプラモデル店の店主、

村田にあてた説明書のことになる。

あずさは、『とりあえず渡しました』とウソにならない返事をする。


「渡しただけか」

「はい。あまり押しすぎるのはどうかと思いましたので」


あずさは、数日経ったらまた聞いてみますとそう話す。


「きっと理解してくれます」


あずさはそういうと、岳に、今日はどこにいたらいいですかと尋ねた。


「どこ?」

「はい。私は招待客ではないので……」


あずさは、前回の立食パーティーと違うのかと思い、そう聞いた。


「どこも何もないよ。会場の中に入って、おいしそうに飲んだり食べたりすればいい。
今日は『サクラ』だ」

「サクラ?」


岳は、『エントリアビール』の次男と婚約をした女性が、

自分と『桜北大学』の同級生だと、そう話す。


「相手が仕切りをする初めての仕事だと、そう手紙をもらった。
まぁ、人数で成功と失敗が決まるわけではないけれど、会場がガランとしていたら、
それはやはり大手として問題だろう。だから、にぎやかしでいいから顔を出してくれと、
そう連絡が来たわけだ」


岳は逸美が、あの婚約者の隣に立ち、誇らしげに笑う姿を想像する。


「……似合いそうもないけどな」

「エ?」

「いや、楽しく飲ませてもらえばいい。まぁ、たまにはこんな日があってもいいだろう」


岳は今日、『BEANS』では、『稲倉』の入札を降り、

『岸田』にポイントを定めたメンバーたちが集まり、会合を開くこともわかっていて、

わざと本社を抜け出した。

あずさは『エントリアビール』は女性受けがいいですよねと、そう話す。


「酔っ払って暴れるなよ」

「暴れませんよ。私、お酒……嫌いではないですけど、
ビールも量はあまり飲めないんです。一口、二口は美味しいのに、
あの小さな缶1本で、顔が真っ赤になるし、すぐに眠くなるくらいですから」

「ほぉ……」


二人を乗せたタクシーは、順調に会場へ向かった。





その頃、岳に招待状を出した逸美は、愁矢のそばに立ちながらも、

今日は姿を見せてくれるのか、そればかりを気にしていた。

記名された招待状ではなく、一般客に近いものを送ったのは、

『欠席』という返事を、早々ともらうことが嫌だったからだ。

会が始まってからしばらくは、挨拶などで愁矢のそばにいなければならないだろうが、

人が増えてからは、どうにでも紛れることが出来る。

逸美は、もう一度岳と話し、本心を知りたいとそう考えた。

どう気持ちを落ち着かせようとも、これが運命だと言い聞かせようとも、

どうしても磁石のように、『違う』と跳ね返されてしまう。

逸美は、自分はやはりこのままではなく、思いを明らかにしたいとそう考えた。

追い詰められた本音を語れば、岳の心も動くのではないかと小さな期待をする。

手を握り返してもらうことが出来たら、たとえ親から勘当されようとも、

もう一度二人の時間を戻したいと、そう思うようになっていた。


「逸美さん」

「はい」

「どうしましたか。さっきから下ばかりを向いていて、何か疲れているような」

「ごめんなさい。こういった場所に立つことに慣れていなくて」


逸美は心配そうに見る愁矢に気付くと、そう謝った。

愁矢は、最初だけ付き合ってくれたらそれでいいですと、言ってくれる。


「はい」


自分がこれだけ醜いことを考えているのに、

いつもと変わらない愁矢の顔を見ているのが辛くて、

逸美はその目の中からすぐに自分をそらす。

『エントリアビール』の新商品お披露目会は、それから15分後、スタートした。





「こっちだ」

「はい」


岳たちが到着したのは、会が始まって20分後のことだった。

招待状を受付に出し、よろしければと言われ名刺も渡す。

あずさは岳の後ろに立ち、そのまま会場に入る。

正面には新商品であろう缶ビールが並び、そのCMタレントに決まった、

今人気モデルの女性、そして『エントリアビール』の関係者たちが、

挨拶に向かう人たちに頭を下げていた。

岳はその列の端に逸美の姿を見つける。

逸美は着物姿で、隣にいる男性と一緒に、誰かと楽しそうに話していた。

岳は、やはりこの状態は、逸美自身が選んだものなのだと思い視線を動かす。


「おいしそうです」

「ん?」


ビールに合うものを並べているテーブルには、前回のパーティーほどではないにしても、

それなりのメニューが並んでいる。

あずさは、まず新商品のビールを取り、隣にいる岳に渡した。

岳は、それを受け取り、軽く口をつける。


「美味しいですか」

「……軽いな。俺はもう少し苦味のある方が好きだけれど」


岳の感想を聞きながら、あずさは自分の分を飲む。


「美味しいですよ、私はこれくらいで。お風呂あがりにちょっとって、
そういう感じでしょう。一番小さいサイズ、これくらいで……」


岳とあずさの姿に気付いた逸美は、あずさの表情だけをじっと捉えていた。

前回のパーディーでは、岳とどういう関係にあるのか、

なぜ一緒に行動するのかもわからないままだった。

また今日もここに一緒にいることが、逸美の気持ちをかき乱す。


「愁矢さん、大学時代の同級生がいるの。挨拶してきてもいい?」

「同級生? あぁ、いいけれど。僕も行くよ」

「エ……」


逸美は思わず声を上げてしまう。


「迷惑かな」


愁矢はその瞬間、ほんの少しだけ表情を曇らせた気がした。

逸美は、自分の反応がおかしかったのではないかと思い、慌てて笑顔を作る。


「いいえ、そうではないけれど。でも、仕事に関係はないかもしれないし」


逸美は、業界が離れているのでと、愁矢に対して遠慮しているような態度を取る。


「どんな業種の人?」

「……『BEANS』の、相原岳さん」


逸美はそういうと、愁矢を見た。

愁矢は逸美の肩をポンと叩く。


「『BEANS』の相原社長の息子さんなら、僕も挨拶をしておきたいな。
これからどこかで関わるかもしれない」


愁矢はそういうと、一緒に行こうと逸美を誘った。

逸美は愁矢に従うと、一歩遅れて後ろについた。



【14-2】



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