14 感覚の恐怖 【14-2】

二人が自分の方に来るのが、先にわかったのは岳だった。

愁矢の後ろについた逸美の視線を感じ、まずはと身構える。


「愁矢さん……」


逸美の声に、愁矢は目の前に立ったのが岳だとわかり、頭を下げた。


「『エントリアビール』の上野愁矢です。本日はお越しいただきまして、
ありがとうございます。どうでしょうか、新商品の味は」


ピザを取ろうとしていたあずさは、

岳に声をかけてきたのが主催者だとわかり、慌てて姿勢を戻した。

その隣には、前回のパーティーで、話しかけてくれた女性が立っている。

あずさは、『あの人』が同級生だったのかと、あらためて逸美を見た。


「すみません、遠慮なく参加させていただきました。
ふだんあまりお付き合いのない企業ですが……」

「逸美さんと大学の同級生だと」


岳が関係を話す前に、愁矢がそう切り替えした。

岳は逸美を見た後、『はい』と返事をする。


「以前、『高岩建設』さんには、四国の工場を完成させるのにお世話になりました。
その時、『BEANS』さんには、優秀な跡取りがいるのだと、
聞いたことを思い出しました。それは相原さんのことですね」

「とんでもないです。毎日、ただがむしゃらに仕事をしているだけで。
優秀などと、どこからも言われたことはありません」


岳はそういうと、逸美の顔を見る。


「お久しぶりです」


岳の言葉に、逸美は合わせて頭を下げる。

愁矢は自分は別のところに挨拶に行くからと、その場に逸美を残した。

あずさは、自分も二人から少し場所を離れようかと思い、お皿を取る。


「そちらの方は……以前もお会いしましたよね」


逸美の言葉に、あずさは動きを止める。

あらためて逸美に向かって頭を下げた。


「この間は、挙動不審ですみませんでした」


あずさは、『ローストビーフ』を食べてしまったということに慌ててしまい、

逸美との会話に、きちんと対応できていなかったのではないかと、謝罪する。


「彼女は『アカデミックスポーツ』の人だ」

「『アカデミックスポーツ』?」


あずさは、また自分だけが場違いな気がして、外に出たくなる。


「そう、少し事情があって、彼女が3ヶ月、俺のそばで仕事をしてくれている」


岳は『肩もみ』とは言わずに、両肩を軽く動かした。

逸美はどういう仕事なのかと、あずさを見る。


「俺が、全力で仕事が出来るようにすると宣言したのに、
人の意見には素人のくせに文句を言うし、俺以上に偏屈だ。
でも、それを認めて遠ざけるのは腹だたしいので、
こうして連れまわしているのかもしれないな」


岳はそういうと、あずさを見て笑みを浮かべる。


「岳……」

「君がここに来てくれといって来た意味がわかったよ。彼は……」

「違うの。私が言いたいのは……」


逸美は岳に、まだ自分の気持ちは残っていることを告げようと、顔を見た。

岳も逸美の口調や視線に、何かあるのだろうかと身構える。

しかし、岳がいることに気付いた、別企業の人間が、

二人の間から、『相原君』と声をかけてきた。緊張感のあった空間に、

なまぬるい空気が入り込む。


「いやぁ……ここで君に合えるとは驚きだよ」


岳に声をかけたのは、とある芸能事務所の社長だった。

以前、その所属タレントを、『BEANS』のCMに起用したことがあった。


「先日は、お世話になりました」

「何を言っているんだ。おたくのCMは好感度が上がるんだよ。ぜひぜひ、また」


酔いの少し回った男の声の大きさに、

逸美の訴えは岳に届かないまま、空しく風に流れてしまう。

あずさは、逸美の浮かない表情に、

岳との関係が、ただの同級生ではないのかもしれないと、そう考えた。





人というものは、気付くとさらに動きが速くなる。

一人の挨拶が、まだ別の人を呼び、普段顔を出さないところにいた岳の周りには、

あれこれ色々な業種の人間が、集まりだした。

逸美は、その時間に語ることを諦め、輪から外れていく。

愁矢の言っていた通り、色々な仕事の話が動きだし、逸美の体と心だけが、

宙に浮いたような時間が訪れた。

まだ携帯電話には岳の番号が残っている。自分が本当に消えていくのだと訴えたら、

岳は気持ちに気付くのではないかと、遠回りな時間を過ごしてきたが、

逸美の気持ちには限界が来ていた。

愁矢の優しさがあることに安心し、周りはどんどん話を進めていく。

それとは逆に、逸美自身は『真綿』で首を絞められているような気分だった。

これ以上、相手からの何かを期待したりせずに、

自分からもっと必死にならなければと、遠い場所に立つ『愛しい人』を見続ける。

数名の人と挨拶をした岳は、視線を動かし始めた。

逸美は自分がその中に映らないかと思うが、岳が見つけたのはあずさのようで、

隣のテーブルに移っていたのを見つけると、その隣に戻っていく。

何を話しているのかわからないし、二人が男女の関係にあるとは思えなかったが、

『腹だたしい』という、本音に近い言葉を使ってもらったあずさの存在に、

言いようのない嫉妬が、逸美の中に渦巻き始める。

岳は何やらあずさに話すと、また少し離れた場所に向かった。

逸美のターゲットは、岳のはずだったのに、『二人が離れた』という目の前の光景が、

新たな感情を生み出した。

逸美は、視線をあずさに向けたまま、そばに近付いていく。


「ごめんなさい」

「はい」


逸美に声をかけられ、あずさはお皿を置いた。

岳の同級生という女性は、この間の立食パーティーでも見かけたが、

背筋もピンとしていて、この華やかな場所にしっかりと入り込んでいるように見える。


「外の階段のところに、気分が悪い方がいるようなの。
一緒に声をかけてもらってもいいかしら」

「エ……」

「ごめんなさい。私、着物でしょ。その方を救護の部屋へ連れて行くのも」

「あ、はい」


あずさは、自分がパンツスーツなので声をかけてきたのだと思い、

わかりましたと一緒に外へ出ることにする。

あずさが動いたことに気付いた岳は、その前を逸美が歩いていることに気付いたが、

別の人に声をかけられたため、視線を元に戻した。



【14-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント