14 感覚の恐怖 【14-3】

「階段って、こっちですか」

「えぇ……」


逸美は、隣に立つあずさを見る。

もちろん気分の悪い人がいるという話しはウソで、

あずさを会場の外に向かわせるためだけのものだった。


「あの、あなたお名前は……」

「はい。宮崎あずさと言います」

「3ヶ月って言っていたけれど、いつも岳と一緒なの?」


あずさは逸美の質問に、いつもではありませんと首を振る。


「まぁ、話せば長くなりますが、
うちの会社がちょっと『BEANS』にご迷惑をかけていて、で、
その代わりに今、岳さんの肩もみをすることになっていまして」


あずさは、一種の賭けごとのようなものですと、笑ってみせる。


「岳の肩もみ……」

「はい。話せば長くなりますので。全部飛ばしてしまいましたが。
わからないですよね、それだけでは」


あずさは階段の場所に着くと、どこに気分の悪い人がいるのかと、視線を動かした。

逸美は、自分が知っている岳とは違う姿を、あずさが知っている気がしてしまう。

『最後の日』と決めた日、何げなく言ったことを思い出す。



『白馬の王子様』



女性が、そんな夢のような出会いを待つように、

運命だから、決まっているからと未来を諦めているように見える岳が、

本当は、鎖を解き放ってくれるような女性を探しているのではないかと話したこと。


「あの……どちらに……」

「下のほうにいないかしら。そう聞いたけれど」


逸美のセリフは誰に言っているのかわからないくらい、感情のないものだった。

『気持ち』というものが、頭の中で定まらず勝手に動きだし、

コントロールが出来なくなっていく。

運命を動かすために選んだ出来事が、自分には逆回転となり、

岳に関してはプラスなのかと思うと、より一層、このままではという思いが強くなる。


「下……ですか?」


あずさは踊り場のあたりだろうかと、少し身を乗り出した。

逸美の視線が、あずさの背中に向かう。

現在、少しバランスの悪い状態になっているあずさの体を見たとたん、

ほんの一瞬、頭の命令とは関係ないタイミングで、逸美の手が伸び、

前にいたあずさの背中を強く押した。


「あ……」


あずさは、咄嗟に左手を出すが、押された力を止めることが出来ずに、

上半身が先に倒れてしまい、そのまま背中を打ちながら階段から落ちてしまった。

後頭部が一度階段にぶつかり、支えようとした右手が、階段の段差に滑ったため、

複雑な体勢になったまま、体重がかかってしまう。

踊り場で一人、痛みに声が出ないあずさに気付き、逸美は思わず口を覆った。

背中を押してしまった右手を、左手がすぐに庇うように元へ戻す。

全身から血の気が引くような感覚と、誰かの足音だけが逸美の頭の中に存在した。

会場の外に誘ったときには、

あずさを階段から落としてやろうという気持ちなどなかった。

あくまでも招待客と離れた場所で、岳との関係を聞くために話をするつもりだった。

ただそれだけだったはずなのに、今、目の前で、あずさは辛そうな顔をしている。


「お客様、どうされました?」


音に気付いたホテルの従業員が、逸美に声をかけた。

逸美の頭は、現実からどうにか逃れようと、必死に回転する。


「あ……えっと……今、彼女が……階段から、滑り落ちてしまって」


腕から頭に向かって訴えてくる痛みの中で、あずさの耳には、確かにその声が届いた。

『滑り落ちた』というのは、自分自身でということになる。

背中を押された感覚があったのは間違いないが、逸美はそう話していない。

従業員が駆け下りてきたので、『大丈夫です』と言いながら立ち上がろうとするが、

右手に激痛が走り、うまく立ち上がれない。


「無理をされずに、そのままここに。今、救急車を呼びますから」

「いえ……」


人がたくさん集まる場所で、付属としてついてきた自分が迷惑をかけてはまずいと思い、

あずさはなんとか左手を使い体を起こす。


「大丈夫ですから……」


逸美は、従業員とあずさの体が重なり、その存在が見えなくなったタイミングで、

『現実逃避』をするために、階段から離れてしまう。



岳は、従業員が誰かに指示をされ、追いかけるように数名会場から出て行き、

何やら話しているのを見た時、それまでの動きと違う慌しさを感じ、

外で何かが起きたのかとそう思った。

入り口を見ていると、出て行く人の中で、逸美だけが硬い表情のまま、

会場内に戻ってくる。

出て行く従業員の顔も見ずに、逸美はその流れに逆らっていた。

岳は、一緒に出て行ったあずさも来るだろうかと、

入り口付近に向かうと、階段から誰かが落ちたとそう声が聞こえてきた。


「なぁ……逸美」


岳は入ってきた逸美に声をかけたが、聴こえていないのか、

視線は全く合わず、黙って横を通り過ぎてしまう。

岳は、嫌な予感がしたため急いで階段の場所に向かうと、

そこには数名の野次馬と従業員がいた。その隙間に出来た場所から奥を見る。


「……宮崎さん」


岳の声に、あずさは顔をあげた。

岳は人の間から奥に入り、落ちた女性と一緒に来た人間だと話し、

どうしたとそばに向かった。


「すみません、私、階段から……」


『落とされた』という言葉は、あずさの中で静かに消化される。


「……落ちました」

「落ちた?」


あずさは自分が落ちてしまったと、そう言った。

岳は一度上を見て、階段の状態を確かめた。別に雨が降っていて、

濡れているわけではないし、そもそもどうしてここにいるのかもわからない。


「怪我は……」


岳は、あずさの右手に触れる。

あずさは苦しそうな顔を見せた。


「救急車が来たそうです。入り口まで歩くことは出来ますか」

「はい、すみません」


あずさは従業員に頭を下げると、岳に『すみません』と謝罪する。


「大丈夫だと思いますが、救急車を呼んでもらったので、病院に行ってきます」

「俺も行く」

「いいです。岳さんはここで仕事の話をしてください」

「いい……」


岳は口に出さなかったものの、状態を考え、

瞬間的に逸美が関わっているのではないかとそう思った。

この場所を、一緒に出て行ったのは確認している。

もし、あずさが本当に自分で落ちてしまったのなら、

一緒に会場を出た逸美自身が、どうして助けを呼ばないのか、

その不信感が膨らんでいく。


「もう誰とも、何も話す必要はない」


岳はそういうと、あずさを支えながら、ホテルの裏口に到着した救急車に向かった。



【14-4】



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