15 思いの裏側 【15-1】

『予定はどう?』


梨那からの誘いは、岳の携帯に相変わらずのペースで届いた。

今までも月に何度とか、決めてあっていたわけではないが、

誘われた日の予定が空いていたら、会って時間を共有するのが流れだった。

しかし、ここのところはあまりそういう気持ちになれずにいる。

岳の気になっているのは、逸美のことだった。

あずさは関係ない、階段から自分が落ちたと言い張ったが、状況から見ても、

逸美が全く無関係とはどうしても考えられない。

岳は逸美のアドレスを呼び出し、『一度会って話がしたい』とそう文章を打ち、

そして送信する。

その日は梨那に予定があるという返信をした後、地下の駐車場に向かった。



いつものように車を走らせ家に戻る途中、岳の携帯が鳴り出した。

運転しながら取るわけにはいかないため、岳は車を道の端に寄せる。

相手を確認すると逸美だったため、岳はサイドブレーキを引くとボタンを押す。


「もしもし」

『もしもし……』


岳に届く逸美の声は、明るかった。

すでに新しい生活になじみ、過去などどうでもいいと思っているのかもしれない。

岳は一瞬そう考えるが、冷静に『昨日は……』と切り出していく。


『いいえ、こちらこそありがとう』

「いや、大盛況だった。さすが『エントリアビール』だと思ったよ」


岳がどういう理由で連絡を取ってきたのか、全く気付いていない逸美は、

自分の思いも、どこか届いているのかもしれないとそう考えていた。

先に、岳が反応してくれたことに喜びが増してしまい、明るい口調になる。


『私にとっては、あまり関係のないことだもの』


逸美は『自分はあくまでも中村流のためにこうしている』という状態を、

岳にアピールする。


「君も忙しいだろうけれど、話しがあるんだ。一回会えないかな」


『会いたい』という岳の誘いに、逸美は自分の鼓動が明らかに速まるのを感じながらも、

あえて冷静になろうと自分に言い聞かせる。


『一回ってことは、どこかで食事でもということかしら』

「話が出来るのなら、お茶でも構わないけれど」

『そう』


受話器越しの声とはいえ、岳の声を聞いているだけで、

逸美にはゾクゾクする感覚があった。やはりこの男の存在に並ぶ者はいないと、

いつならいいのかと聞き返す。


「なるべく早い日がいいな」

『忙しいのでしょ』

「いや……時間は空ける」


岳の言葉に、逸美はそれなら明日にでもとそう言う。


『いつも会っていたお店で、どう?』

「わかった」


待ち合わせの時間は当日に連絡すると言い、岳は電話を切った。

逸美は、数秒前までつながっていた電話を握りしめた。

『会える』という約束に、自然と笑みが浮かぶ。

去って行くと思えば、それを阻止したいと思うこと。

逸美の気持ちは、『もう一度』の思いで、いっぱいになっていた。



前向きな逸美とは違い、岳は受話器を置くと、一度大きく息を吐いた。

つながっていた電話で、昨日のことを突き詰めたい気持ちもあったが、

長い間、隣にいた逸美のことを、そこまで疑いきれない部分もどこかにあった。

あずさが言っていた通り、二人はまったく別の場所に行ったのではないか。

そんなどうしようもなく不可能に近い考えも、

直接会い、話を聞くことで、自分の気持ちとは別の真実が出てくるかもと、

そう思いあらためてエンジンをかける。

走っている車の流れに入ると、そのまま相原家を目指した。





「ふぅ……」

あずさは、『スタジオ』の貸し出し表を見つめ、空いている箇所に指で触れた。

岳の指摘に、思わず『大丈夫』と言ってしまったが、

会社にいる小原に電話で確認したところ、

あらたな予約は入っていないと言われてしまう。

とりあえず、『肩もみ』で得た3ヶ月の期間も、これから2週間後、

約束の金額を入金するのが条件になるため、そこをまた乗り越えなければならない。

どんな形でも借り手がつけば、お金は生み出せるので、

次の約束をお願いできるかもしれないと考える。

このまま『BEANS』の言うように、押されたままビルを出ることになると、

プラモデル店の村田が抱いている、『負の思い』も取り払うことが出来なくなるし、

それどころか、ただ恨みだけが残されかねない。

あずさは左手で、表の中にある平日の空いている場所に小さな丸を書く。

車が近づく音を感じ、あずさはカーテンを少し開けた。

戻ってきたのは岳で、ライトもすぐに消える。

玄関に向かう岳の視線が、あずさの部屋に向かった気がして、

のぞき見していると思われてはまずいと、慌てて閉めてしまう。

カーテンを持ったままのあずさは、1秒ほど前の出来事を思い返すが、

岳と目があったような気もしたため、

逆に今の行動に気付かれていたならおかしいと考え、

昨日の夜、滝枝に頼み事をしてくれたことについて、お礼を言おうと部屋を出た。

あずさが部屋の外に出ると、やはり岳の視線があった。

あずさは階段を降り、『おかえりなさい』と挨拶をする。


「熱は……」

「下がりました。もう大丈夫です」


あずさはそういうと、昨日のことについてあらためてお礼を言った。

岳は『うん』とそっけなく挨拶すると、そのままリビングを離れていく。

滝枝から聞いた岳の思い出話など、もう少し会話が続けばという気持ちもあったが、

そのそっけなさが岳らしい気もして、あずさはそのまま冷蔵庫の場所に向かい、

左手で扉を開ける。いつもその場所に入っているミネラルウォーターを取り出した。





次の日からあずさは仕事に戻ったが、

『肩もみ』の任務を行うことは出来ないため、『アカデミックスポーツ』に出勤した。

小原とほたるがそれぞれ近づき、大丈夫なのかと心配してくれる。


「大丈夫です。ただ……」


貸し出しの予定はどうなのかと、あらためて聞いてみるが、二人とも首を横に振る。

求めていた最低の金額まで、あと数万円が足りない。


「宮崎さん。もう限界よ。ここまで頑張ったのだもの、みなさんに理解してもらって、
ビルを出ることにしましょう。わかってくれるわよ。3月だと年度末だし、
出やすいしね」


小原は『寂しいけれど』とそうつぶやく。

あずさは小原の机の上にある、貸出表を見た。

ここに『貸しスタジオ』が出来たことを知り、定期的に借りる予定を入れてくれたのは、

歩いて10分くらいの場所にある、商店街のおじさんたちが作った『ミドルバンド』と、

音大の学生が数名、そして高校の軽音楽クラブのメンバー、それくらいだった。

不定期に貸して欲しいという人たちもいくらかはいるが、『予定金額』を考えると、

あと『5万円』分が埋まらなければ、約束の金額を渡せなくなる。

あずさは空いている曜日、時間を一つずつ数えていく。


「わかりました。とりあえず、空いている時間、こことここ私が借ります」

「……何?」


小原は、あずさの言った言葉の意味がわからず、

『どういうことなの』かと聞き返した。



【15-2】



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