15 思いの裏側 【15-3】

逸美は、『自分があずさを押した』と岳が考えていることが、その時にわかる。


「岳……私が何かをしたってそう言いたいの? そんな言われ方」

「君は一人で会場に戻ってきたとき、ホテルの人間が慌てているのにも関わらず、
あまりにも冷静だった。俺たちは従業員の違う雰囲気を感じて、
すぐに会場の外に興味を持ったのに。普通、一緒に会場を出た人が、
宮崎さんが落ちたとわかったら対応するだろう」

「どうして私が……」

「逸美……君が彼女を誘って、外に出て行くのを俺は見ていた」


岳は、逸美を見ながら、返事を待った。

しかし、逸美は黙ったままで首を振る。


「一緒に出たけれど、そのあとはわからない……」


醜い行動を認めたくないという逸美のプライドが、そう言葉を出していた。

出て行ってからの時間が、数十分あるのなら、今の言葉が成り立つのかもしれないが、

どう考えても、おかしな点ばかりだ。

岳はウエイターが、逸美のブレンドを持ってきたので一度息を吐き、会話を止める。

逸美は、届いたブレンドにも口をつけないままだった。

それでも、何かを言えば、どんどん深みに嵌りそうで、そこから先に時が動かなくなる。


「わかった……」


岳は伝票を掴み、立ち上がろうとする。


「岳、何がわかったの」

「確かめたかったことは、これだけだから」


逸美は、立ち上がった岳の腕をつかむ。


「ちょっと待って。おかしいでしょう、確かめるって……」


逸美は、このまま岳を帰してしまったらダメだと思い、

とにかく座って欲しいとそう話す。


「私もあなたに話があるの……」


岳の冷たい視線を受けながら、逸美はこれ以上繕っているわけにはいかないと思い、

話をするからとそう言い始める。岳は伝票を持ったまま、もう一度席についた。


「自分が中村流を継いで生きていくことは、私の定めだと思っていた。
書が好きだし、自分の誇りでもあるから」


逸美はそういうと、初めてしっかりと岳を見た。

そこまで硬くなっていた表情は、自分を語ることで一気に強きなものに変わる。

凛としているという女性のイメージが、逸美ほどピッタリ来る人と、

岳は今まで会ったことがないと、あらためてそう思う。


「岳が、『BEANS』を背負うことが運命だと思っていることも、よくわかっていたの。
だから、いくら二人でお酒を飲んでも、笑っても、朝を迎えることがあっても、
いつかは別れるのだと、そう言い聞かせてきた」


逸美は『ピリオドを自分でつけたかった』と言い、初めてコーヒーに口をつける。


「あなたに別れを切り出されるのが嫌だった。
父の体のことがわかって、このタイミングなら……
自分が惨めにならなくて済むとそう思った。
だから納得してあの選択をした。これでいいと、何度も自分に言い聞かせた。
でも……『婚約』を終えても、式の日取りが決まっても、
思い出すのはあなたのことばかりで……。自分で情けなくなるほど、
言ってしまったことを後悔した。だから、あなたのそばになぜあの人がいるのか、
それがわからなくて、つい、呼び出してしまったの」


岳は、逸美の告白を聞きながら、

自分も心のどこかで、振り返ろうとしていたことを思い出す。

梨那の誘いがあっても、見てしまうのは逸美の番号だった。


「彼女と岳の関係がどういうものなのか、知りたかった。
だから酔っている人がいるみたいだから、一緒に助けに行ってと……そう呼び出した。
それはウソだったけれど、岳とのことを聞こうと思ったのは本当なの。
あなたともう一度話しがしたい。このまま別れてしまうのは、自分が納得できないと、
そう伝えたかったから……」


逸美はそういうと、自分の左手を見る。


「本当に助けを求めている人がいると思って、
階段の下を覗き込んでいる彼女を見たとき、手が無意識に動いてしまったの。
最初からそんなことをしようなんて思っていなかった。
だから、本当に落ちてしまったとき、自分で何をしていいのかわからなくて……
それで……」


逸美は『ごめんなさい』と岳に頭を下げた。

自分が悪かった、もう一度やり直したかっただけだと気持ちを岳に向ける。


「岳……あなたが、もう私のそばにいないと思うことが……」

「……だぞ」


岳の言葉が、自分のセリフと重なってしまい、逸美は『何て言ったの』と聞き返す。


「何も関係がない人が、怪我をしたんだぞ。結果は腕のヒビ。
でも、打ち所が悪ければ、死ぬ事だってあったかもしれない。
今、こんなことを言うのなら、どうしてその時、きちんと対処しなかったんだ。
君に背中を押された感覚だけを残して、それでも俺と君に迷惑をかけまいと、
必死に自分の責任だと言い切った、彼女の気持ちを考えたことがあるのか」


岳は、ヒビが入ってしまった日の夜、熱を出していたあずさのことを考え、

逸美に『身勝手』だと思いをぶつけていく。


「振られることが嫌だった? ここならば自分が惨めにならずに済む?
君のしていることは、全て自分勝手な行動だろう。何が気付いただ」

「……岳」

「逸美……。君に最後まで知らないと言われなかったことだけは感謝する。
でも……もう時間は戻らない。それだけは……変わらない」


岳はそういうと、もう一度立ち上がる。


「岳。全てを私が話しているのに……ここまで話しているのに、
あなたはそんなことしか言えないの?」


逸美の吐き出した言葉に、岳は視線を合わせる。


「悪いこともわかっているって、醜いこともわかっているって、言ったでしょ。
それでもって……」


逸美は岳を睨むように見る。二人の視線はぶつかるが、岳から言葉は出ない。


「どうしてこんなことをしたのか……理解しようとしてくれないの」


逸美は、あずさを押してしまった左手が動きそうになるのを、右手で止める。


「理解?」

「……後悔しているの。申し訳ないと思っている。でも……」

「逸美」

「何?」

「君は、人に怪我をさせたのに、主張するのは自分のことだけなのか」


岳は逸美と視線を合わせないままそういうと、小さく首を横に振る。

岳の変わらない態度と、言葉に、逸美は、『全ての限界』を感じていく。

ほんの数秒間なのかもしれないが、逸美にも岳にも、永遠に戻らない時間が、

確実に積みあがっていく。


「あなたは……岳は『女を不幸にする男』なのよ。絶対にそう……」


岳は、身勝手なことをして何を言っているのだと、逸美の声を置き去りにして、

そのまま歩き出してしまう。


「あなたは絶対に人を幸せには出来ない。『責めることしか知らない』もの」


逸美の言葉を背中に受けながら、岳は振り返ることなく遠ざかっていく。


「……絶対に」


あずさという他人を巻き込むことなく、

『まだ、あなたを思っている』と素直に言えば、あの時間は戻ってきたのかもしれない。

逸美は悔やみきれない時間の積み重ねと自分の行動に、そこから動けなくなる。



『女を不幸にする男』



店を出た岳は、怒りで振り返れば、逸美にぶつけられた言葉を受けてしまう気がして、

前だけを見ながら、エレベーターの場所に向かった。



【15-4】



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コメント

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そういえば

拍手コメントさん、こんにちは

>今度のお話、出てくる人皆が 思ってる事をチヤンと話す。
 それが私にとって、すばらしい。

あぁ……そうですね。
あずさをはじめとして、岳も東子も思ったことはしっかり口にします。
まぁ、東子は末っ子ですしね。
さらに、敦も……と、これからも話は続きますので、
お気楽に通い続けて下さい。
こうして毎日、読みに来てくれるみなさんのおかげで、
私自身、これを趣味とさせてもらえています。
こちらこそ、感謝、感謝です。