15 思いの裏側 【15-4】

「エ?」

「今日、色々と体験してみて思ったんだ」


涼子は、食後のデザートとして出てきたアイスクリームを食べながら、

敦の言葉に耳を傾ける。


「『豆風家』の仕事も、やりがいがありそうかなって」


敦は、今は『BEANS』の賃貸部門にいるけれど、ビルや数字を追っているより、

自分には、人の笑顔を見られるようになる仕事の方が向いているかもしれないと、

そう話す。


「あつくん……向いているかもね、確かに」


涼子の優しい言葉に、敦は『うん』と頷いた。





12月に入り、街はクリスマスの色で輝き始めた。

少しだけお財布の中身があたたかくなった人たちに向けた、『セール』の文字も並び、

明るい音楽と、統一された色合いに、気持ちもどこか軽くなる。

どうでもいいような道も、音楽と色で飾られるからなのか、

特別なものだと思えるくらい、華やかさが増していった。

今日も地下鉄の改札口から、『BEANS』を目指した社員たちが、

寒さに肩をすぼめながら、足早に進む。

敦は、職場の朝礼に参加した後、社長室を訪ねた。

昼過ぎくらいになると、社長である武彦は多忙になるため、

話をするなら、朝一番しかないとそう思っていた。

一緒に住んでいるのだから、もちろん家で会話することも可能だったが、

母、浩美がそばにいると、言いたいこともいえない気がして、あえてこの時間を選ぶ。

10階に向かうと、誰もいない廊下を進む。

扉を叩くと、武彦の声がした。敦はゆっくりと中に入る。


「すみません、忙しい時間に」

「いや、どうした敦。話しがあるって内線を寄こしたけれど」

「はい」


敦は頭を下げると、武彦の前に立った。


「実は以前、会長に『豆風家』の仕事をしてみないかと言われて、
僕なりに色々と考えました。兄の力になれればと、大学も同じ工学部を選びましたが、
兄には優秀な社員がたくさんついています。入社してそれは本当に痛感していて」


敦は、自分はあまり力がないからと、そう謙遜する。


「そんなことはない。お前の仕事振りは私も岳も認めているのだから」

「はい……」


敦は、賃貸の仕事ももちろん大切だけれど、『豆風家』の仕事の方が、

自分にはあっているのではないかと思う意見を、明らかにしていく。


「会長に言われたからなどと、気にする必要はないんだぞ」

「違います」

「お前がいつも遠慮していることを、私も気になっていた。だから……」

「遠慮ではありません。今がチャンスだと思っています。『家』に関しては、
『BEANS』が建てて行くでしょう。でも、中身は人と人です。
僕は、人の笑顔を見られる仕事がしたいと、そう思えるようになりました」


敦は、自分が意地を張っているわけでも、

会長に言われたからそう言っているわけでもないと、武彦に強く訴える。


「お願いします。僕を異動させてください」


敦はそういうと、武彦に頭を下げた。

武彦は、いつも黙って従う敦の、初めてと言えるくらいのしっかりした意思に、

心強ささえ感じてしまう。


「わかった。これはあくまでも会社の人事だから、私が勝手にここで返事は出来ない。
賃貸部門も、困ることがあるだろうし、岳にも相談したい」

「はい」

「ただ、敦が強く希望していることは、大切にしたいと思っているよ」

「……はい」


敦は、『ありがとうございます』と頭を下げると、社長室を出て行く。

武彦は、敦が自分に『意思』を伝えてくれたことが嬉しくて、自然と笑みが浮かんだ。





あずさは、2階の村田の店を訪れた。

村田は、いつものようにダンボールに商品を詰めていて、背中を向けている。


「おはようございます」


あずさの声に、村田は小さく頭を下げた。

それでも背中は向けたままだ。


「村田さん、お渡しした説明文、読んでいただけましたか」


あずさはそう聞いている途中で、渡した日と同じ場所にある説明文を見つけてしまう。

受け取ったものの、全く読んでいないというのがすぐにわかる。


「まだ……でしたか」


村田はガムテープで箱を閉じる。


「読まなくてもいい。どうせ、自分たちが正しい。お前たちの言い分がおかしいと、
書き連ねてあるのだろう。頭から押さえ込むのは、あの会社のやり方だ」


村田はそういうと、居座れなくなったら出て行くからと、そう答えを返す。


「あんたたちも結局、向こうの味方か」


背中を向けたままの村田のつぶやきが、あずさの耳に届く。


「私たちはどちらの味方でもありません。ただ、誤解を解消したいだけです。
恨んだり、憎んだりしたまま、新しいことをやろうとしても、
うまく行かない気がするので」


あずさは、互いの気持ちを知り合うことが、第一歩だとそう話す。

村田からの返事は、何もないまま、数秒が過ぎていく。


「それじゃ、また来週来ます。必ず読んでくださいね。
読んでいただけなかったら、また、作り直してきますから」


あずさは、それだけを告げると、村田に頭を下げる。

プラモデルを入れておくガラスケースに、立っているあずさのシルエットが映った。

村田は違和感に気付いたのか、振り返る。


「あんた、その手、どうしたんだ」


村田は、あずさの包帯を指差した。


「はい。これは、私が階段で転んでしまって。
気付いたら右腕にヒビが入っていました。変な手のつき方をしてしまったようです」


あずさは、おっちょこちょいなのでと舌を出す。


「右腕を?」

「はい……」


あずさは、『人生初めてです』と笑ってみせる。

村田は、あずさの包帯をじっと見ていたが、またプラモデルの箱詰め作業に戻る。


「まぁ、気をつけなさい」


村田の優しい言葉に、あずさは『はい』と返事をした。





腕の骨にヒビが入ったため、『肩もみ』仕事が免除となったあずさは、

その日、事務所に残り、来週迎える『3ヶ月最終日』のリハーサルをすることにした。

小原とほたるが事務所を出る頃、

定期的にスタジオを利用している『ミドルバンド』のメンバーが、鍵を取りにくる。

あずさが鍵を渡すと、メンバーのリーダーとして活動する佐藤が、

どうして包帯をしているのかと聞いていたため、

いつものように階段から落ちましたとそう答えた。


「階段から?」

「はい。おっちょこちょいなんです」


聞かれるたびに答えていたため、あずさにとって、

真実などどうでもいいようになっていた。『ミドルバンド』のドラマーを勤める北村は、

『音楽家』ではなくてよかったねと笑う。


「音楽家?」

「そうだよ。ヒビくらいと思うかもしれないけれど、
俺たちのようにドラムを叩いたりする担当だと、そういった怪我は結構後々響くんだ」


あずさは、響くとはどういうことですかと聞く。


「治るまで、怪我した方は使えないだろ。筋肉が落ちて腕の太さが変わるからね。
音の出方も変わるし、叩くタイミングもずれたりって、聞いたことがあるよ」


周りのバンドメンバーは、自分たちはそれほど実力はないけれどと、また笑い出す。

あずさは、趣味で集まっている人たちが、とても楽しそうなのがわかり、

貸し出している自分も、嬉しくなってしまう。

それからしばらくして、『ミドルバンド』の演奏がスタートした。



【15-5】



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